国民主権とリベラル(1)

憲法前文を読んだことはありますか。以下に引用しますので、読んだことのない人はこの機会に目を通してみてください。

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

ここでは国民主権、平和主義、基本的人権の尊重、国際協調主義といったことが謳われており、リベラルの多くは基本的にこれらを支持しています。今回は特に国民主権に着目してください。(続く) 

養育費を誤解している可能性(2)

 

前回のまとめ

前回記事では、主に次のようなことを述べました。

  1. 収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」の存在は疑わしくなってきたと感じている
  2. id:tetora2さんは、「養育費とは収入の低い方が高い方に対して要求するもの」という誤解に基づいて上記統計の存在を主張したものであり、その趣旨は「男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低い」というだけのことだったのではないか
  3. そうだとすれば、tetora2さんが根拠としているのは この増田記事および同記事が用いている厚生労働省平成23年度全国母子世帯等調査結果報告*1(あるいは平成28年度に行われた同趣旨の調査)あたりではないか

増田記事の短絡

増田記事は正しい?

さて、上記の増田記事が短絡的なものであることを説明します。

前回も述べたとおり、同記事は「養育費を貰ってる母子家庭19.7%」に対して「養育費を貰ってる父子家庭4.1%」であり女性の方がエグいというのですが、これは平成23年度全国母子世帯等調査結果報告(以下「平成23年度調査」といいます)の表17-(3)-1および表17-(3)-3などを根拠にしています*2

これらの表によると、母子世帯1332世帯のうち、「現在も養育費を受けている」のは263世帯で、19.7%(平成23年)。これに対して父子世帯417世帯のうち、「現在も養育費を受けている」のは17世帯で、4.1%(平成23年)。これだけを見れば、たしかに「女性の方がエグい」ようにも見えます。

しかし、平成23年度調査の別の箇所も見ていけば、そのように単純に「女性の方がエグい」などと言えるものでないことはすぐに分かります。

養育費の取り決め状況

たとえば、養育費の取り決め状況等にかかる表17-(2)-1および表17-(2)-3*3を見てください。

これらの表によると、母子世帯1332世帯のうち、「養育費の取り決めをしている」のは502世帯で、37.7%(平成23年)。これに対して父子世帯417世帯のうち、「養育費の取り決めをしている」のは73世帯で、17.5%(平成23年)。そもそも父子世帯において養育費の取り決めをしている割合は、母子世帯におけるそれの半分にも満たないのです。

平成23年度調査では取り決めをしていない理由等も調査しており、真剣に考察するならばそうしたところまで踏みこむ必要があるでしょう。しかしともあれ、そもそも養育費について取り決めをしていないならば養育費を支払わないのも自然であるのは間違いのないところです。

父母の経済的状況 

また、父母の経済的状況も養育費の支払に大きく影響しそうです。

この点に関して、たとえばひとり親世帯になる前の親の就業状況にかかる表6-1および表6-3*4 によると、母子世帯1648世帯のうち、母子世帯になる前の母が「正規の職員・従業員」であったのは358世帯で、21.7%(平成23年)。これに対して父子世帯561世帯のうち、父子世帯になる前の父が「正規の職員・従業員」であったのは395世帯で、70.4%(平成23年)となっています。父子世帯の父が、母子世帯の母と比べて経済上とても安定した地位を確保していることが分かります。

また、養育費の平均月額にかかる表17-(3)-13*5によれば、母子世帯の養育費平均月額が43482円であるのに対し、父子世帯の養育費平均月額は32238円にとどまっています。きわめて大雑把に言えば、養育費支払義務者の収入が(相対的に)高ければ高いほど養育費の金額も大きくなりますから、母子世帯に養育費を支払う父よりも父子世帯に養育費を支払う母の方が、経済的に厳しい状況下にあるという傾向を、いちおうは見出すことができるでしょう*6

これらの数字から、父子世帯に養育費を支払う母は、母子世帯に養育費を支払う父よりも十分な収入を安定的に確保することの難しい状況にあることがうかがわれます。収入が乏しく自らの生活も苦しければ、養育費の支払を怠りがちになったとしても自然でしょう。

簡単に「女性の方がエグい」とは言えない

以上のとおり、母子世帯よりも父子世帯の方が「現在も養育費を受けている」 割合が小さいとしても、それは(本記事でふれていないものも含め)さまざまな要因によるものと考えられます。一面だけを切り取って安易に女性への非難につなげるかのような上記増田記事は、短絡の謗りを免れないでしょう。

問題コメの危険性

tetora2さんのブックマークコメント(問題コメ)を再掲します。

id:tetora2氏、やはり理解していない様ですが、離婚も双方の合意の基に行われるものです。収入が低ければ養育費を要求する事も出来ます。女親だけを一概に悪と認識しているあなたの見解は男としても理解に苦しむ。 - dogear1988のコメント / はてなブックマーク

<a href="/dogear1988/">id:dogear1988</a> 離婚は双方の合意以外にも裁判所で決定される事もありますね。理解不足はあなたです。ちなみに収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます。無知ですね。

2018/10/28 22:09

b.hatena.ne.jp

ここまで述べてきたことをふまえれば、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」 があるとする問題コメ中の「収入の低い」という部分に私がこだわる理由も理解していただけるのではないかと思います。

そもそも子どもの養育にかかる費用は、父母が分担してまかなうべきものです。したがって養育費請求とは、子どもを引き取った側の親が引き取らなかった側の親に対して、本来であれば分担するべき額の支払を求める、ということにほかなりません。もちろん分担するべき額はそれぞれの収入に応じて、というのが基本にはなりますが、いずれにせよ応分の負担は求められる。収入が低ければ養育費を支払わなくてよいということにはならないのです。

養育費がそのようなものである以上、「収入の高い親が、収入の低い親に対して養育費の支払を請求する」というケースも十分ありえます。特に父子世帯の父から母に対して養育費の請求をする場合には、先に見たとおり父子世帯になる前の父の70.4% が正規の職員・従業員であったことなどからしても、そのようなケースがかなり多いものと思われます。そしてこうしたケースでは、収入に乏しく自身の生活さえ苦しい親が養育費の支払を怠りがちになったとしても自然であることも、すでに述べたとおりです。

ところが、私の予想どおり問題コメの背後に「養育費とは収入の低い方が高い方に対して要求するもの」という誤解があるとすれば、養育費を支払う側の親は自動的に「収入の高い方」に位置づけられてしまいます。そのような構図に回収されれば、養育費を支払う側の窮状に対して想像力を働かせることはかなり難しくなるでしょう。そしてそうした状態で上記増田記事のような主張に接すればどうなるか。「収入が低くて養育費の支払が厳しい(傾向にある)のかもしれない」ということに思いが及ばず、それこそ「女はエグい」などと、不当な女性叩きに走る危険があるのではないでしょうか。

「男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」でなく、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」とすることは、これが虚偽であった場合、不当な女性叩きを助長しかねない。だからこそ、私は「収入の低い」という部分にこだわるのです。

おわりに

いろいろ述べてきましたが、そもそもの話として、受け手の側において出典を検証することができない形で断定的な事実(今回の場合であれば統計の存在)摘示 を行うのは、きわめて問題のあるやり方です。匿名掲示板などでも「根拠を示さず断定する」というやり口はよく見かけますが、この手の言説は、出典にあたることができないという時点で、内容が真実であるかどうかにかかわらず、デマと大差のないものだと思います。あまり口うるさいことは言いたくないですが、責任ある言論活動を心がけたいものです。

なお、本記事では養育費について必要最低限度でしか言及しませんでした。いずれ稿を改めて説明できればよいな、と思います。

*1:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/

*2:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_18.pdf

*3:前掲注2参照。

*4:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_07.pdf

*5:前掲注2参照。

*6:この点は本来詳細な補足が必要であり、本文の記述のみだと誤解を招くかもしれませんが、そちらに論を進めるとさらにもう1,2記事は書くことになりそうなので、省略させてください。

養育費を誤解している可能性(1)

はじめに

前回記事において、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」についてご存じの方がいれば出典を教えてほしいとお願いしたところ、id:scopedogさんが以下の記事を書いてくださいました。ありがとうございます。

「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低い」? - 誰かの妄想・はてなブログ版

前回記事および本記事において太字強調を施しているように、私が注目しているのは「収入の低い」というところです。この部分についてscopedogさんもやはり根拠となる記載を発見できなかったようで、id:tetora2さんがいう「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」の存在は疑わしくなってきたなと感じているところです。なお、参考までにtetora2さんの問題のブックマークコメント(以下「問題コメ」といいます)を再掲しておきます。

id:tetora2氏、やはり理解していない様ですが、離婚も双方の合意の基に行われるものです。収入が低ければ養育費を要求する事も出来ます。女親だけを一概に悪と認識しているあなたの見解は男としても理解に苦しむ。 - dogear1988のコメント / はてなブックマーク

<a href="/dogear1988/">id:dogear1988</a> 離婚は双方の合意以外にも裁判所で決定される事もありますね。理解不足はあなたです。ちなみに収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます。無知ですね。

2018/10/28 22:09

b.hatena.ne.jp

実はこの件については、私なりの予想はあります。少々失礼にわたるかもしれず公にすることは控えていたのですが、こうして記事も書いていただいた以上、その予想をきちんと示しておこうと思います。

ことの経緯と私の予想について

そもそもこの件は、id:dogear1988さんとtetora2さんとのやりとりに端を発するものであり、その全容についてはdogear1988さんが以下の記事において記録されているのでそちらを参照してください。

無題 - Dog ears

ここで重要なのは、問題コメがdogear1988さんの次のようなブックマークコメントに対してなされたものだということです。

id:tetora2氏、夫婦が合意の上で役割分担した以上、離婚後の収入だけで親権を問うのは不当でしょう。2等国民云々はあなたの差別意識でしかないので私は触りもしていませんよ。 - dogear1988のコメント / はてなブックマーク

<a href="/tetora2/">id:tetora2</a>氏、やはり理解していない様ですが、離婚も双方の合意の基に行われるものです。収入が低ければ養育費を要求する事も出来ます。女親だけを一概に悪と認識しているあなたの見解は男としても理解に苦しむ。

2018/10/28 21:56

b.hatena.ne.jp

問題コメは、収入が低ければ養育費を要求することもできるとするdogear1988さんのブックマークコメントに対してなされたものでした。このことから、tetora2さんは「養育費とは収入の低い方が高い方に対して要求するもの」と誤解して、当然のこととでもいうつもりで「収入の低い」との言葉を付したのではないか、というのが私の予想です。

私の予想どおりであれば、 出典は多分これ

私の予想が正しく、tetora2さんが単に「母子世帯からの養育費請求に対する不払よりも父子世帯からの養育費請求に対する不払の方が割合が大きい」との趣旨で問題コメをしたのであれば、彼が根拠としたものについてもあたりはつきます。

それは、厚生労働省平成28年度全国ひとり親世帯等調査結果報告*1中にある、養育費の受給状況についての記載です。具体的には、「17 養育費の状況」の「(3)養育費の受給状況」ア(56頁)*2の、以下の部分です。

離婚した父親からの養育費の受給状況は、「現在も受けている」が 24.3 %(前回調査 19.7 %)となっている。一方、離婚した母親からの養育費の受給状況は、「現在も受けている」が 3.2 %となっている。

実はこの部分については、過去にはてな匿名ダイアリー(以下「増田」といいます)でとりあげられているのです。その増田記事は平成23年度の調査結果報告*3中の対応する部分を用いて、「養育費を貰ってる母子家庭19.7%」に対して「養育費を貰ってる父子家庭4.1%」であり、女性の方が酷いのだという短絡的な論をぶっていました。

養育費をまじめに払ってる女性がたったの4.1%しかいないという現実

tetora2さんは、この記事の受け売りを披露したのではないかという気がします。 

続きは近いうちに

思ったよりも長くなってきたので、いったんここで中断します。続きは近いうちに上げたいと思います。なお、tetora2さんより出典を示してご反論があれば、本記事は撤回します。 

*1:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188147.html

*2:https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11920000-Kodomokateikyoku/0000188168.pdf

*3:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/

ご存じの方、教えてください

少し前に、id:tetora2さんの次のようなブックマークコメントに接しました。

id:tetora2氏、やはり理解していない様ですが、離婚も双方の合意の基に行われるものです。収入が低ければ養育費を要求する事も出来ます。女親だけを一概に悪と認識しているあなたの見解は男としても理解に苦しむ。 - dogear1988のコメント / はてなブックマーク

<a href="/dogear1988/">id:dogear1988</a> 離婚は双方の合意以外にも裁判所で決定される事もありますね。理解不足はあなたです。ちなみに収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます。無知ですね。

2018/10/28 22:09

b.hatena.ne.jp

収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計があるそうです。

私は少し興味が湧いたので自分なりにその統計を探してみたのですが、見つけることができなかったため、以下のとおりtetora2さんに対して出典をご教示くださるようお願いしました。

id:dogear1988 離婚は双方の合意以外にも裁判所で決定される事もありますね。理解不足はあなたです。ちなみに収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます。無知ですね。 - tetora2のコメント / はてなブックマーク

tetora2様 自分なりに少し探してみた(具体的には厚労省のひとり親世帯等調査にざっと目を通した)のですが、仰るような統計を見つけられなかったので、お手数ですが出典をご教示いただけませんか

2018/10/31 19:39

b.hatena.ne.jp

お願いをした時点でブックマークコメントからのidコール送信機能はすでに終了していたため*1、tetora2さんのブックマークコメントページに上記のお願いコメントを残す際、idコールの代わりになればと思い引用スター(「収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます」)も付けておいたのですが、残念ながら気づいていただけなかったようで、約1週間が経過する2018年11月7日到来時点までに応答はありませんでした。

そこで本記事の読者各位のうちに、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」についてご存じの方がいらっしゃれば、その出典をご教示いただけないでしょうか。もちろん、発言者本人からうかがうことができればそれが一番望ましいと思いますので、tetora2さんは、本記事によって気づかれたということであれば、今からでもコメントをお寄せください。お待ちしております。

安田純平さんの身代金

安田峰俊さんの記事を読みました

安田峰俊さんの以下の記事を読みました。

安田純平氏へのバッシング、いちジャーナリストとして思うこと(安田 峰俊) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

内容は、安田純平さんのこれまでの仕事などについてまとめたうえで、いま彼に向けられている批判の当否について検討するというもの。とてもよい記事なので一人でも多くの方に読んでもらいたいです。安田純平さんに「無能」「ジャーナリスト失格」などと罵声を浴びせる前にまず彼がどのような仕事をしてきたのかを具体的に知ることは、とても大切だと思います。

身代金が払われたことにしたい人が多いようですね

それにしても、安田純平さんの解放に際して身代金が支払われたことにしたい人はずいぶん多いようですね。

上記記事でも指摘されているように、本件において身代金が支払われたかどうかは現状不明です。巷間で取りざたされる「3億円の身代金が支払われた」という話の出所は在英のシリア人権監視団体ですが、これを伝える記事は「信ぴょう性は不明」という注意書きを付けています*1

安田純平さんの身代金については、今年の夏ごろに、「相手の要求額は150万ドルだが、50万ドルまで引き下げられる」というような話も出まわりました*2。今回支払ったとされるのは300万ドル(約3億3000万円)ですから、これは相手の要求額の2倍以上ということになります。こうした点をもふまえるならば、身代金支払の有無やその額といったことについてはもう少し慎重に考えられてもよいような気もするのですが、もはや「身代金3億円が支払われた」ということは確定的な真実であるかのように扱われています。

日本人の安全なんてどうでもいいのでしょうか

正直なところ、私も「身代金が支払われていたとしてもおかしくないな」とは思います。

でも、安田純平さんを批判する多くの方が拠って立つ重要なロジックの1つは、「安田純平に身代金が支払われることによって、日本人が標的とされる」というものだったのではないですか。そうであるならば、日本政府も身代金の支払を否定し、他国による身代金の支払についても信ぴょう性は不明であると報じられているのだから、そういうことにしておけばよいでしょう。

「身代金を支払ったとなれば日本人が標的にされる危険が増す」

そのように述べる一方で、不明とされている身代金の支払を確定的な事実であるかのように喧伝する。率直に言って彼らのふるまいは、「本当は日本人の安全などどうでもよく、ただ安田純平を叩くためだけにさまざまな言辞を弄している」ようにしか見えないことがあります。 

政府批判ととられた安田純平さんの発言を覚えてますか

そう言えば、安田純平さんが解放直後に応じたインタビューの中で、集中砲火に晒された発言がありましたね。NHKの元記事はすでに消えてしまっているため*3、その発言を紹介するリテラの記事から引用します*4

安田氏はNHKの直撃に「トルコ政府側に引き渡されるとすぐに日本大使館に引き渡されると。そうなると、あたかも日本政府が何か動いて解放されたかのように思う人がおそらくいるんじゃないかと。それだけは避けたかったので、ああいう形の解放のされ方というのは望まない解放のされ方だったということがありまして」と語ったのだが、この発言について、ネトウヨ連中がまたぞろ「この人、本当に恩知らず」「何様のつもり? 呆れ果てました」「日本に帰ってくるんじゃない」などと噛み付いているのだ。

安田純平「日本政府が動いたと思われるのは避けたかった」の真意! 安倍政権は本当に救出に動いていたのか|LITERA/リテラ

引用文中でも紹介されているように、「日本政府が動いて解放されたと思われることだけは避けたかった」とする安田純平さんの発言に対しては、これを政府批判だと捉えた人びとから集中攻撃が加えられました。 

しかし、前項で述べたこともふまえてもう一度虚心にこの発言を読み返すならば、別の解釈も見えてくるのではないでしょうか。そう、「日本政府が身代金を支払ったために解放されたと思われることによって、日本人が標的とされる危険が増す事態だけは避けたかった」という解釈です。そしてこの解釈は、先日行われた記者会見で安田純平さんが次のように述べていることからも裏づけられるように思います*5

今回、外務省の対応について、国として、行政として、やるべきこと、できることをやっていただいたと私は解釈している。紛争地で人質になった日本人の救出は非常に難しい。情報収集など非常に難しい中で、可能な限りの努力をこの3年4カ月の間続けていただいたと解釈している。解放の理由、きっかけは分かりませんが、日本政府の原則として、邦人保護は必ずやる。身代金を払うことは絶対にしないと。この二つが大原則だが、その範囲の中でできることをずっと探っていたと私は解釈している。

安田さん会見詳報:(10)紛争地に行くのは自己責任 - 毎日新聞

当時安田純平さんを攻撃していた方々に、いま改めてあの発言をどう解釈するか聞いてみたい気もしますね。

ともあれ

安田純平さんの立派な会見によって、多少は風向きも変わって来たようです。このままこの件がよい形で収束することを期待します。 

自己責任論などについてとりとめもなく

プチ鹿島さんの記事を読みました

プチ鹿島さんの以下の記事とそれに対する反応を読みました。

14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか? | 文春オンライン

はてなブックマーク - 14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか? | 文春オンライン

今回の件では新聞が自制的であったという上記記事の指摘には同意します。私がいま購読しているのは読売新聞ですが安田さんに対する声高な批判は見られず、上記記事で紹介されている2004年当時の読売社説などと比べたとき、まさに隔世の感を禁じ得ません。彼らもさすがに多少は当時のことを反省しているのでしょう。けっこうなことです。

「自己責任」の普及自体はもう少し前かも

上記記事は、「自己責任」の語がイラクで拘束された人質らに投げかけられ流行語大賞のトップテン入りした2004年を自己責任論の起点と捉えており、別にそれで間違っていないと思います。

ただこの語が一般に普及した時期自体はもう少しさかのぼれるようですね。斎藤貴男『安心のファシズム』(岩波新書、2004年)で、自己責任論の起源について簡単な調査がなされているのを読んだ記憶があります。『読売新聞』のデータベースを検索すると、90年代初め頃まで「自己責任」は金融・証券市場以外で用いられていなかった。それが93、94年頃から少しずつ一般的な用法が広まっていき、98年には桜井哲夫『〈自己責任〉とは何か』(講談社現代新書、1998年)という格好の啓蒙書も刊行されている。そんな内容でした。

少なくとも、2004年に自己責任論が登場するための土壌は、ずいぶん前から整えられていたとは言えそうです。

安田さんへのバッシングもありましたね

上記記事への反応を見ていると、2004年の自己責任論は人質家族の要求に対して出てきたものだ、とする意見がいくつかあるようです。それも必ずしも誤りではないでしょう。

ただ、当時拘束されたのは3名だけではないんですよね。2004年4月7日に3名が拘束され、その1週間後の4月14日に安田純平さんら2名も別の武装グループに拘束されている。 

政府に対する要求を行っていたのは先に拘束された3名の家族ですから、安田さんらは関係ないはずですよね。……というよりも、安田さんらはそもそも人質ですらなかったようです。その身柄に代えて何かを要求するのが人質の役割ですが、安田さんらを拘束したグループの目的は単なる身元確認であり(スパイ容疑)、グループが日本の家族や政府等に対してなんらかの要求を行うことはなかったとされているからです*1。したがって安田さんらを人質扱いすることは一歩間違えればデマにもなりかねないはずなのですが、そんなことに頓着しない当時の人びとは安田さんらを「人質」と呼んでいましたし、要求を行った家族とは関係なくとも自己責任論をぶつけていました*2

「2004年の自己責任論は人質家族の要求に対して出てきたものだ 」とする方は、このように事実認識もあやふやなまま安田さんらにぶつけられた自己責任論をどのように考えるのでしょうか。もしそれは見ないふりをする、ということであれば、よくないと思います。

なんにせよ

安田さんが無事に帰ってこられて本当によかったですよね。私としては、そのことをただ喜べる社会であってほしいと願うばかりです。 

*1:安田純平『誰が私を「人質」にしたのか イラク戦争の現場とメディアの虚構』(2004年、PHP研究所)9頁以下。

*2:前掲安田書14頁以下。

条文で見る保証契約と分別の利益

はじめに

日本学生支援機構が分別の利益を有する保証人に対してその説明をしないまま全額の請求を行っていたというニュースに接しました。

奨学金、保証人の義務「半額」なのに…説明せず全額請求:朝日新聞デジタル

私は基本書に書いてあるような内容をそのまま記事にすることはあまり好まないのですが、条文から離れて「分別の利益」等の概念がトリビア的に流通するような事態もよろしくないと思うので、報道で用いられている語について条文を示しつつ簡単にだけ説明しておきます。

保証 

保証とは、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負うことです。民法446条1項を参照してください。

  (保証人の責任等)

446条 保証人は、主たる債務者がその債務を履行しないときに、その履行をする責任を負う。

○2 (略)

○3 (略)

たとえば、Aが、Bに対して100万円を貸すときにその回収を確保するために、Cとの間で「もしBが100万円を返済しない場合にはCがAに対してその支払を行う」という契約をすることがあります。このときのAC間の契約が、保証契約です。

分別の利益

保証人には、分別の利益というものが認められることになっています。これは、保証人が複数いる場合それぞれの保証人は債権額を(保証人の)頭数で平等に分割した金額についてのみ負担すればよいというものです。民法456条、民法427条をご覧ください。

(数人の保証人がある場合)

456条 数人の保証人がある場合には、それらの保証人が各別の行為により債務を負担したときであっても、第四百二十七条の規定を適用する。

(分割債権及び分割債務)

427条 数人の債権者又は債務者がある場合において、別段の意思表示がないときは、各債権者又は各債務者は、それぞれ等しい割合で権利を有し、又は義務を負う。

たとえば、Aが、Bに対して100万円を貸すときにC、Dの二人とそれぞれ保証契約を結んでいたとします。このときC、Dは、債権額100万円を保証人の頭数2で割った50万円について、それぞれ負担すれば足りるということです。

連帯保証

連帯保証とは、保証人が主たる債務者と連帯して債務を負担する旨の特約がある保証です*1。この場合、保証人は主たる債務者と連帯して全額弁済義務を負うことを約しているため、分別の利益は当然認められません。

たとえば、Aが、Bに対して100万円を貸すときにC、Dの二人とそれぞれ連帯保証契約を結んでいたとします。このときC、Dは、いずれも分別の利益を有しないため100万円全額の負担を免れません。

おわりに

保証・連帯保証と分別の利益についてきわめて簡単に説明しました。

保証と連帯保証との最も大きな相違は、無資力者がいるときにあらわれます。すなわち無資力等のためにB・Cからの債権回収が見込めない場合、AはDが保証人であれば50万円の支払を求められるにとどまりますが、連帯保証人であれば100万円全額の支払を求められるということです。

なお本記事で説明したのは、冒頭で紹介したニュースを理解するために必要な最低限度の事項にとどまります。保証と連帯保証との相違は上述したところに尽きるものではありませんし、これらの語を正確に理解するためにはそれこそ基本書を丁寧に読み込む必要があり、ネット記事程度ですませることなど到底できません。ご注意ください。

*1:あくまでも保証の一種なのです。