無期懲役のいま

無期懲役と仮釈放

わが国では、主刑として死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料が定められている*1。このうち懲役とは、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせる自由刑であり*2、無期と有期がある*3。無期とは、刑期が終身にわたるもの、すなわち、受刑者が死亡するまでその刑を科するものをいう*4

もっとも、無期懲役になると身体拘束から解放される可能性が完全に消滅するというものでもない。刑法28条に以下のような規定があるからだ。

(仮釈放)

第二十八条 懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。

このように、無期懲役に処せられた者も、改悛の情がある場合には、10年を経過した後、仮に釈放することができる旨規定されている。この仮釈放を許す処分は地方委員会の決定をもってするものとされ*5、その許可基準については犯罪をした者及び非行のある少年に対する社会内における処遇に関する規則(社会内処遇規則)28条が以下のように定めている。

(仮釈放許可の基準)

第二十八条 法第三十九条第一項に規定する仮釈放を許す処分は、懲役又は禁錮の刑の執行のため刑事施設又は少年院に収容されている者について、悔悟の情及び改善更生の意欲があり、再び犯罪をするおそれがなく、かつ、保護観察に付することが改善更生のために相当であると認めるときにするものとする。ただし、社会の感情がこれを是認すると認められないときは、この限りでない。

ここでは仮釈放許可の基準として、以下の4つが挙げられている。そして、法務省の『「無期刑受刑者の仮釈放に係る勉強会」の報告書』*6によれば、これらの判断にあたっては、脚注7ないし11の事項を考慮すべきことが通達によって定められているという。

  • 悔悟の情*7及び改善更生の意欲*8がある
  • 再び犯罪をするおそれがない*9
  • 保護観察に付することが改善更生のために相当である*10
  • 社会の感情が仮釈放を是認すると認められない場合でない*11
仮釈放の実態

無期刑受刑者の仮釈放は、かつて比較的ゆるやかに認められていた時代があった*12。そのため、一部国民の間では「モハンシューの顔してれば十数年で自由の身」といった認識が形成され、そうした認識が現在もある程度残存しているようだ。

しかし、今日では無期刑受刑者に対する仮釈放の運用はきわめて慎重になされている。法務省の『無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について(平成26年10月更新)』*13によれば、平成16年から平成25年までの10年間で、20年以内に仮釈放が許可された無期刑受刑者はいない。平成23年から平成25年までの3年間に限れば、30年以内に仮釈放が許可された無期刑受刑者さえいない状況である。仮釈放が許可された人数という点から見ても、平成16年からの10年間で10人以上の仮釈放が許可された年はない*14。一方、刑事施設に在所中の無期刑受刑者数は、平成16年末の1352人から一貫して増え続け、平成25年末には1843人に達した。刑事施設内で死亡した無期刑受刑者数も、つねに無期刑新仮釈放者*15数を上回っている。到底「モハンシューの顔してれば十数年で自由の身」と言えるような状況ではない。

のみならず、元裁判官である森炎は、『死刑と正義』において以下のように述べている。

死刑と正義 (講談社現代新書)

死刑と正義 (講談社現代新書)

 

 日本の裁判所は、無期懲役の判決を言い渡す際に、判決文のなかで、仮釈放を許すべきではないという条件(加重条件)をつけることがある。この「仮釈放なし」の条件付き判決も、厳密に法的には、通常の無期懲役の判決と同じで、「仮釈放なし」の部分には法的拘束力はないとされるが、実際上は、その趣旨は仮釈放の決定をおこなう行刑当局(法務矯正関連当局)によって例外なく尊重されている。つまり、結局のところ、事実として仮釈放はなくなり、この「仮釈放なし」の条件付き判決は、その法的性質にもかかわらず、実質的には終身刑の判決と同じである。

 これは、ここ十数年来の確立した裁判実務になっている。(同書32頁以下)

ここで述べられているのは要するに、裁判所は事実上終身刑の判決を下すことができるということだ。これが事実だとすれば、裁判所は刑法典に規定のない刑罰を科しているということにもなりかねず、三権分立その他の見地からいろいろ問題があるようにも思われるが、しかしともあれ、「モハンシューの顔してれば十数年で自由の身」は遠い昔であることを感じさせる話ではある。

なお、仮釈放とは、改悛の情がある懲役等の受刑者を刑期満了前に仮に釈放し,仮釈放の期間(残刑期間)が満了するまで保護観察に付するものである*16ところ、上記のとおり無期刑では刑期が終身にわたるため、残刑期間の満了ということは考えられない。したがって、無期刑受刑者は、仮釈放を許されたとしても、原則として一生保護観察に付され、国の監督下に置かれることになる。その意味でも、無期懲役に処せられた受刑者が仮釈放によって「自由の身」になるという認識は正確ではない。

結び

以上、いまや無期懲役終身刑化しつつあり、「モハンシューの顔してれば十数年で自由の身」などという時代ではないことを説明してきた。

終身刑が導入されれば死刑廃止に賛成するという方も一定数いらっしゃるようだ。そうした方は、今すぐ死刑廃止に賛成していただいても、それほど問題はないように思う。

*1:刑法9条。

*2:刑法12条2項。

*3:刑法12条1項。

*4:法務省『無期刑及び仮釈放制度の概要について』(http://www.moj.go.jp/content/000057317.pdf)参照。

*5:更生保護法39条1項。

*6:http://www.moj.go.jp/content/000057314.pdf

*7:受刑者自身の発言や文章のみで判断しないこと。

*8:被害者等に対する慰謝の措置の有無やその内容、その措置の計画や準備の有無、刑事施設における処遇への取組の状況、反則行為等の有無や内容、その他の刑事施設での生活態度、釈放後の生活の計画の有無や内容などから判断する。

*9:性格や年齢、犯罪の罪質や動機、態様、社会に与えた影響、釈放後の生活環境などから判断する。

*10:悔悟の情及び改善更生の意欲があり、再び犯罪をするおそれがないと認められる者について、総合的かつ最終的に相当であるかどうかを判断する。

*11: 被害者等の感情、収容期間、検察官等から表明されている意見などから判断する。

*12:法務省『平成16年版 犯罪白書』第5編第4章第2節2(6)(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/48/nfm/n_48_2_5_4_2_2.html)参照。

*13:http://www.moj.go.jp/content/001127913.pdf

*14:以上については、法務省『平成26年版 犯罪白書』第2編第5章第1節1(4)(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/61/nfm/n61_2_2_5_1_1.html)に分かりやすい表がある。

*15:無期刑仮釈放者のうち、「仮釈放取消し後、再度仮釈放を許された者」を除いたもの。

*16:更生保護法40条参照。