窃盗症(クレプトマニア)と定職の確保

日本弁護士連合会編『日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題〈平成24年度研修版〉』(第一法規、2013年)に収められている竹村道夫「窃盗癖の概念と基礎――臨床と弁護活動の協力について――」を読んだ。

日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題[平成24年度研修版]

日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題[平成24年度研修版]

 

精神科医療を受けている患者の場合、処方薬が窃盗症発症の主因となることがあるとの指摘は大変興味深かった。窃盗症患者の実態について、豊富な実例を挙げながら解説されている点も参考になる。

ところで、この講義録の中で、「司法関係者に申し上げたいこと」として、以下のように述べられていた*1

司法関係者は、「早く仕事をみつけて定職につくこと」ということが多いようですが、私たちは仕事より治療優先といっています。嗜癖治療の中では、しばしば「第一のものを第一に」といいます。(略)窃盗癖の方たちにとって「第一のもの」は仕事ではなく窃盗癖からの回復のはずです。

これはこれで一つの見識であると思うが、本記事では、参考までに、この点に関する司法関係者の考え方を記しておこうと思う。なお、窃盗症については以前にも記事を書いたので、そちらも参照していただきたい。

 

窃盗症患者による「窃盗」事件のほとんどは、量刑が争われることになる。つまり、量刑の基礎となる事実たる情状が問題となる。

情状には、当該犯罪事実に属する情状たる犯情と、それ以外の一般情状とがある。わが国の刑事裁判は行為責任主義が基調とされていることから、基本的には犯情が重要な意義を有することが多いが、もちろん一般情状も軽視されるべきものではない。

一般情状に属する事実にはさまざまなものがあるが、おおむね以下の3種類に分けることができるのではないかと思う。

  • 同種前科の有無
  • 被害回復・被害者による宥恕の有無
  • 再犯可能性の有無

ところで、これらのうち再犯可能性についてはどのように判断されるのだろうか。

本人が「もうしません」と述べることも重要ではあるが、それだけで再犯可能性が低いとは判断できないという場合も多いだろう。そのような場合には、再び罪を犯さないような環境を整えられるか、という点が見られることになる。

たとえば住環境。住んでいたアパートを引き払い、家族のもとに身を寄せる。家族の側でも被疑者を受けいれ、これを監督する意思を表明している。このような場合には再犯可能性が低いと言い得るだろう。交通犯罪の場合には、乗っていた自動車を処分し、二度と自動車を運転しないと誓うことなども考えられる。

そして、定職の確保も、再び罪を犯さないような環境の整備という観点において、大きな意義を有するものである。

人間は霞を食って生きているのではないから、必要な物品を調達するためにどうしても金は必要になる。そして、その金を安定して得るためには定職を確保せねばならない。定職を得られなければ、生活基盤が不安定となり、結果として再び犯罪に手を染めやすくなるという側面は否定しがたい。また、定職につくことで生活が規則的になり、人間関係も形成されやすくなる。これらも再犯可能性の低下に資する事情であると言い得るかもしれない。

司法関係者にはおおむねこのような理解があり、その結果定職を確保しているかどうかは一般情状として量刑にも影響を及ぼし得る事情であることから、「早く仕事を見つけて定職につくこと」を促すのである。

*1:一部省略して引用している。