「レッテル貼り」という魔法のことば

ナチスのレッテル?

平成28年1月19日の参議院予算委員会において、福島瑞穂安倍晋三に対する質問の中で、自民党憲法改正草案*1第九章のいわゆる緊急事態条項について、「内閣限り(の決定)で法律と同じ効果を持つことが出来るなら、ナチスの授権法とまったく一緒であり、許すことはできない」という趣旨の発言をした。この発言に対して、「レッテル貼り」「印象操作」だとする批判が集まっている。

はてなブックマーク - ナチスのレッテル「限度超えている」…首相反論 : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

こうした批判に関連して、一点指摘しておく。

福島はどのような質問をしたのか

その論調を見るに、批判は、福島を「レッテル貼りや印象操作しかしない(できない)議員」であると見なしているように思われる。しかし当然のことだが、福島は単に「自民党の緊急事態条項がナチスの授権法と同じだ」とのみ述べたわけではない。福島の質問の組み立てを確認しておこう。

  • まず、国の唯一の立法機関は国会であるという大原則がある*2
  • ところで、自民党の改正草案99条1項では、内閣が法律と同一の効力を有する政令を制定することができるなどとされている。そして、同条2項では、かかる政令の制定等について、事後に国会の承認を得るべきこととされている。ところが、同草案中には事後に国会の承認が得られなかった場合の政令等の効力について、なんら規定がない。
  • また、過去の憲法審査会*3において、緊急事態条項(国家緊急権)について、その導入に賛成・反対双方の立場の学者の意見を聴取したが、その際、賛成の立場の学者であった西修でさえ、先の東日本大震災のような大規模災害に、(緊急事態条項のない)現憲法でそれなりの対応ができたことを認めている。

福島は、以上を前提として述べたうえで、自民党の緊急事態条項について、「内閣が法律と同じ効力を有する政令を出せるのであれば」、 ナチスドイツの国家授権法と同じであり、許すことはできない旨の発言をしたのである*4

「レッテル貼り」という断定による主張の無力化

こうして確認すれば明らかなとおり、福島の質問は、草案の規定に不備があるのではないかと指摘し*5、またいわゆる緊急事態には現行憲法でも十分対応できるのではないかとの疑義を呈するものである。このような指摘に同意するか否かはそれぞれであろうが、少なくとも福島の質問が「印象操作だけ」などではなく、内容を伴うものであることは間違いない。

ナチス」という発言だけを切り取り「レッテル貼りだ」「印象操作だ」と断定して殊更に騒ぎ立て、相手の主張全体を無力化せんとする手法は、その構造においてまさに「レッテル貼り」と同一である。記事自体が恣意的な切り取り方をしている部分もあるのでさほど強く批判するつもりもないが、こうしたコメントが横溢して建設的な議論がなされない状況については残念に思う。

*1:https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf

*2:憲法41条参照。

*3:平成24年5月16日開会のものであろう。

*4:なお、こうした福島の質問に対して、安倍は、ほぼ「緊急事態条項は、(平時ではなく)緊急時における国家国民の果たすべき役割を定めようとするものである」旨の回答をするにとどまり、国会による事後の承認が得られなかった場合における政令の効果や、現行憲法での緊急事態への対応可能性についてはなんら具体的に答えなかったことを付記しておく。

*5:なおこの点、読売の記事は「緊急事態条項には、大規模災害などで一時的に首相が権限を強化できる規定が盛り込まれているが、国会の事前または事後の承認が必要としている」などと賢しらに述べるが、福島はかかる承認が得られなかった場合の規定の不備を指摘しているのであるから、やや的が外れている。