川崎市のヘイトデモ禁止の仮処分について

川崎市のヘイトデモ禁止の仮処分について、簡単に記しておこうと思う。

Counter-Racist Action Collective • [CRAC KAWASAKI] ヘイトデモ禁止仮処分決定書

事案の概要

本件は、川崎市在日コリアンが集住する地域で、民族差別解消に取り組み社会福祉事業を行ってきた債権者(社会福祉法人)が、その主たる事務所の半径500メートル以内で債務者が差別的デモ等を行うことを禁じる仮処分を求めた事案である。

債権者の代表理事は韓国籍を有する者であり、債権者の職員や施設利用者の内訳としては、在日コリアンが比較的大きな割合を占めている。

債務者は、平成28年6月5日に川崎市でのデモを予定している。同人は、過去にも二度川崎市でデモを行っており*1、これらのデモでは、「韓国、北朝鮮は我が国にとって敵国だ。その敵国人に対して死ね、殺せというのは当たり前だ。ゴキブリ朝鮮人は出て行け。」等の発言が、ワゴン車のスピーカーや拡声器を用いてなされた。

裁判所の判断

規範

規範と規範に照らした事案の検討とが混同されているように思える部分がありやや分かりにくいが、裁判所が被保全権利としての差別的言動に対する差止請求権の存否について判断するための規範として提示するのは、おおむね以下のようなものである。

生活の基盤たる住居において平穏に生活する権利等は憲法13条に由来する人格権として強く保護されている。そして、本邦外出身者が本邦外の出身であることを理由として排除されることのない権利は、人種差別撤廃条約の各規定や、憲法14条、そして差別的言動解消法*2が制定され施行を迎える*3ことに鑑みれば、上記の人格権を享有するための前提となるものとして強く保護されることがきわめて重要である。

このような理解に基づけば、差別的言動解消法2条に該当する差別的言動*4は、上記の人格権に対する違法な侵害行為にあたる。そして、権利者が住居において平穏に生活していることを認識し、または容易に認識しうるのにその住居の近隣において上記の差別的言動を行う者があり、これによる侵害の程度が顕著な場合、権利者は人格権に基づく妨害排除請求権として、その差別的言動の差止めを求めることができる。もっとも、当該差別的言動が示威行為等としてされる場合には、憲法21条との調整に対する配慮から、その差止めにあたっては、被侵害権利の種類・性質と侵害行為の態様・侵害の程度との相関関係において、違法性の程度が検討されねばならない。

そして、以上の理は、自然人と同様に社会的実体をもって活動する本邦内の法人についても妥当する*5。したがって、かかる法人が事業所において平穏に生活していることを認識し、または容易に認識しうるのにその近隣において上記の差別的言動を行う者があり、その平穏に事業を行う人格権に対する侵害の程度が顕著である場合、当該法人には、自然人と同様に、人格権に基づく妨害予防請求権としての差別的言動の事前差止請求権が認められる。

事案の検討

裁判所は、かかる規範に照らして本件について検討し、以下のような判断を行った。 

上記「事案の概要」において述べた事業等を行ってきた債権者は、事業所において平穏に社会福祉事業を営む人格権を有する。そして、債務者やその賛同者らには、平成28年6月5日に予定されているデモにおいて、過去二度の川崎市でのデモで行われたような差別的言動を行う高い蓋然性が認められる。かかる差別的言動は債権者の理念や活動内容等を真っ向から否定するものであり、これが行われれば、債権者の職員の士気の著しい低下や、債権者の施設利用者による利用の回避・躊躇を招くことが容易に予想されるところである。なお、債権者の従前の活動実績や、その所在地の(在日コリアンが集住しているという)地域的特性、そして債務者の活動内容等に照らせば、債務者は債権者の事務所等の所在地を知っており、その近隣で差別的言動を行えば、債権者の平穏に事業を行う人格権を侵害することを認識し、または容易に認識することができる。

以上によれば、債務者らが行うであろう差別的言動によって、債権者の平穏に事業を行う人格権が侵害され著しい損害が生じる現実的な危険性が認められ、また債務者らが行うであろう差別的言動の悪質性に照らせばこれを事前に差し止める必要性はきわめて高いから、被保全権利たる事前差止請求権の存在は優に認められる。

また、かかる人格権の侵害に対する事後的な回復はきわめて困難であり、これを事前に差し止める緊急性は顕著であるから、保全の必要性も認められる*6

本決定についての感想

率直に言って、本決定には首をかしげる部分も多いのだが、迅速性の要求される保全手続ということもあり、ある程度粗いものになるのは仕方がないだろう。 

本決定について私が興味深く思ったのは、「在日コリアンの集住地域であること」の考慮の仕方だ。本件の債権者はあくまでも一社会福祉法人であり、今後同様の申立てがなされる場合にも、債権者は基本的に特定の個人とならざるを得ない。そのような中で、「在日コリアンの集住地域において在日コリアンに対する差別的デモを行うこと」をどのように考えるのか。この点について、本決定は、「故意・(重)過失」の問題に解消するという手法をとった。言われてみれば自然な考え方だが、私自身はもっぱらこれを行為の悪質性として処理する方向で考えていたので、新鮮に感じた。

「故意・(重)過失」の問題に解消するとは、以下のようなことだ。

本決定が提示した規範には、「権利者が住居(事業所)において平穏に生活(事業)を営んでいることを認識し、または容易に認識しうるのにその住居の近隣において上記の差別的言動を行う者があり、これによる侵害の程度が顕著な場合」というくだりがある。近隣においてその差別の対象となる者が平穏に生活(事業)を営んでいること、つまりその場で差別的言動を行うことによって当該差別対象者の人格権を侵害することを、差別者が認識し、または容易に認識し得なければならないということだ。そして、差別者が「近隣においてその差別の対象となる者が平穏に生活(事業)を営んでいること」を認識しまたは容易に認識しうるかどうかを判断するにあたって、差別的言動を行う場所が「差別の対象となる者の集住地域であること」は、差別の対象となる者が多く住む地域であれば当然近隣でそうした者が平穏に生活(事業)を営んでいる可能性は高い(したがって、これを容易に認識しうるはずである)という意味で、確かに大きな考慮要素となる。自然な整理であると思う。

ただし、このように整理する場合、差別対象者の集住地域以外に住む差別対象者は、自らの住む地域で差別的なデモが行われることになっても、差別者に故意・(重)過失がないとして、(差別対象者の集住地域で行われるのであれば差止めが認められるようなケースでも)差止めが認められないということにもなりかねない。それでいいのか、ということはよく考えねばならないだろう。

*1:平成27年11月と平成28年1月。

*2:正式名称は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」。

*3:平成28年6月2日時点。平成28年6月3日施行。

*4:本邦外出身者「に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその生命、身体、自由、名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」。

*5:最大判昭和45年6月24日(民集24巻6号625頁)。 

*6:保全手続においては、被保全権利の存在と保全の必要性とを疎明しなければならない。