訴訟能力回復の見込みがない者を被告人の地位にとどめおく理由はない

以前の記事でとりあげた問題について、平成28年12月19日、最高裁が判断を示した*1。詳細は直接当該記事を参照してもらいたいが、おおむね以下のような問題である*2

被告人が心神喪失の状態にあるとき、刑訴法314条1項によって公判手続は停止される*1。この場合、検察官が自主的に公訴の取消し*2を行えば、裁判所は公訴棄却決定*3を行うこととなり、被告人は被告人の地位から解放される。それでは、検察官があくまでも公訴の取消しを行わない場合、裁判所は手続を打ち切ることができるのか。

この問題に関し、男性とその孫を殺害したなどとして平成7年に公訴が提起されたものの、平成9年に被告人が心神喪失の状態にあるとして刑訴法314条1項によって公判手続が停止され、以後、公判手続が再開されることも打ち切られることもないまま十数年が経過したという事案において、名古屋高裁はおおむね以下のような判断を示していた。

すなわち、検察官には広範な裁量があり、訴訟能力の回復の見込みがないのに検察官が公訴を取り消さないことが明らかに不合理であると認められるような極限的な場合でない限り、裁判所は訴訟手続を打ち切ることができないところ、本件はそのような場合にあたるとは言えないとしたのである。

最高裁判所第一小法廷は、全員一致でこの判決を破棄し、「被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断される場合、裁判所は、刑訴法338条4号に準じて、判決で公訴を棄却することができる」とした。妥当な結論である。

刑事訴訟法1条は、「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現する」ことを目的として掲げている。そうである以上、訴訟能力回復の見込みがない(ために有罪判決を受けることもない)者を被告人の地位にとどめおくことは許されないのではないか。これは、私が以前の記事で主張していたところであるが、最高裁も正当にこの点を指摘しているので引用しておく*3

訴訟手続の主宰者である裁判所において、被告人が心神喪失の状態にあると認めて刑訴法314条1項により公判手続を停止する旨決定した後、被告人に訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断するに至った場合、事案の真相を解明して刑罰法令を適正迅速に適用実現するという刑訴法の目的(同法1条)に照らし、形式的に訴訟が係属しているにすぎない状態のまま公判手続の停止を続けることは同法の予定するところではなく、裁判所は、検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく、訴訟手続を打ち切る裁判をすることができるものと解される。

正しい判断がなされたことを喜びたい。 

*1:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/355/086355_hanrei.pdf

*2:当該記事より引用。

*3:一部引用者において太字強調を施した。