とりあえず「150万円払わせた」と言うのはやめませんか

はじめに

横浜市のいじめの件が気になっている。

原発事故で自主避難をした児童(以下、「当該児童」という。)が、同級生から「賠償金あるだろ」などと言われ、遊興費等として約150万円を支払わされた、と主張している件だ。

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はてなブックマーク - 「おごってもらった」と言えば小学生に150万円払わせてもいじめじゃないのか 猛烈批判に横浜市教委が迷走

横浜市いじめ問題専門委員会の報告書*1でも一定のいじめはあったとされており、当該児童が長期にわたって不登校となったこと*2や当該児童の手記*3の内容などからしても、当該児童が本当に辛い思いをしたのであろうことは十分に察せられる。当該児童に対して適切な支援がなされることを、私も心から願うものである。

だが一方で、加害者(たる可能性のある)児童ら(以下、「同級生ら」という。) にも当然人権はあり、身に覚えのない「罪状」、自分たちが行った以上の「罪状」で、不当に指弾されるようなことがあってはならない。当該児童へのケアとは別の問題として、同級生らが本当に「150万払わせた」と認定できるのかどうかは、推定無罪の原則にのっとって、慎重に検討されるべきである。

問題の検討 

「150万払わせた」かどうかの認定は、おおむね以下の3つの問題に分けることができる。 すなわち、①そもそも当該児童による金銭の費消があったのか、②金銭の費消があったとしてそれはどの程度の額だったのか、③その金銭の費消は当該児童が自ら「払った」のか同級生らに「払わされた」のか、という3点である。

金銭の費消はあったか(①について)

報告書を見る限り、①については同級生らも認めているようであり*4、平成26年5月頃から同月末頃にかけて、当該児童が同級生らの遊興費等を負担していたとの事実はあったのだろう。

費消額はどの程度か(②について)

それでは、②についてはどうか。この点、同級生らの認否はやや分かりにくいのだが、報告書11頁の記載*5などからすれば、150万円という金額については否認しているのだろう。

そこで検討するに、上記のとおり、当該児童による金銭の費消は、平成26年5月頃から不登校となる同月末頃までのわずか1か月弱の間に行われたようである*6

この金銭の使途は、同級生ら約10人のゲームセンター等での遊興費、食事代、交通費等であるとされており、当該児童は、こうしたことは10回くらいあり、1回あたり5万円ないし10万円を費消したと主張しているようだ*7。1か月弱の間に10回程度ゲームセンターに通っていたということになると、3日に1度以上の頻度ということになる。そうすると、平日にもゲームセンター通いを行っていたということだろうか。休日であったとしても相当な金額であるが、平日、学校が終わってから遊びはじめて、1日で5万円ないし10万円を費消するというのは高額にすぎるのではないかという気もする。そのうえ、仮に当該児童の主張を全面的に信用したとしても、その金額は50万円ないし100万円にとどまり、150万円には遠く及ばない。

また、当該児童は自宅にある親のお金を持ち出していたとのことだが、150万円もの大金を、現金で自宅に置いていたのだろうか。しかも当該児童が容易に持ち出せる状態で。なにかしらの事情があるのかもしれないが、現在公表されている情報のみを前提とすると、この点もやや不可解である。 

以上のとおり、150万円との金額にはやや合理性に疑問もある。同級生らが否認しているようであり、調査を行った学校が8万円の費消しか確認できなかったとしているとの報道もあるようである中*8、ほぼ当該児童側の主張のみに依拠する形で、ほとんど情報を有しない部外者であるわれわれが「150万円」との金額を軽々に口に出すべきではないだろう。

なお、「8万円でも十分に問題である」と感じる方もいらっしゃると思う。「8万円でも十分に問題である」ことそれ自体には同感だが、それでも費消の金額が8万円であるのと150万円であるのとでは事態の重大性がまったく異なる。それはたとえば8万円の窃盗と150万円の窃盗とでは犯情に大きな差があることを想起すれば容易に了解していただけるものと思う。「150万円」との断定は、同級生らにやってもいない「罪」をかぶせる結果になりかねないことを、十分に自覚するべきである。

「払った」のか「払わされた」のか(③について) 

③については、前提として「払わされた」をどう解するかが問題となるが、冒頭で掲げた記事への反応を見ても、本件を「れっきとした恐喝」などとする声が圧倒的のようであるから、ひとまず「払わされた」=「恐喝された」ということだと解して検討を進める。この場合、同級生らが当該児童に対して同人を畏怖させるに足りる程度の害悪の告知を行い、これによって当該児童が畏怖して処分行為を行ったと認められるならば、当該児童は金銭を「払った」のではなく「払わされた」のだということができよう*9。同級生らは、「当該児童自身ががお金を見せ、積極的にお金を皆に配った」旨主張しており*10、この点を否認している。

ここで問題となるのは 、当該児童の手記に記載のある、「お金もってこい」「ばいしょう金あるだろ」といった発言が本当になされたかということだ*11。そこで以下、当該児童の手記の信用性を検討する。

この点、一般に子どもは知覚、記憶、叙述の能力が成人に比して低いうえ、暗示や誘導の影響を受けやすいとされている*12 。当該児童の手記は、平成27年7月に書かれたとのことであるから*13、手記作成時点で、当該児童が金銭の費消を行ってから1年以上が経過していたということになる。これだけの長期間が経過している以上、記憶の減退が生じることは当然である。加えてその間、当該児童は親や弁護士の影響を受け続けていたものと思われるから、これによって暗示を受け、記憶の変容が生じている可能性もある。そもそも1年以上も経過してから手記を作成するということ自体、弁護士等の働きかけによるのではないかと思われるところでもある。親や弁護士等が当該児童に与えた影響は、決して小さなものではなかっただろう。

また、このようなことを指摘するのは非常に心苦しいが、当該児童は親の保管する金銭を持ち出して費消を行っていたものであるから、同級生らに「払わされた」のでないとすれば、当然その行為に対する非難の度合いは大きくなる。その意味で、当該児童は、金銭を「払わされた」のかどうかという点について利害関係を有しており、同級生らに責任を転嫁するという可能性も考えないわけにはいかない。 

こうしたことをふまえて報告書に目をうつすと、報告書では、「当該児童は、遊興費等の負担によって同級生らとの間に友好感を生じることができたため、同様のことをくり返したと思われる 」との趣旨が述べられている*14ほか、「横浜市いじめ問題専門委員会による聴取に対し、当該児童は、同級生らから「おごるよう言われた気持ち」になっていたと述べた」との趣旨の記載もある*15。実際に「おごるよう言われた」のであれば、「おごるよう言われた気持ち」などという表現にはならないであろうから、当該児童は、横浜市いじめ問題専門委員会による聴取に対しては、手記とは異なる内容を述べていたのではないかとも思われるところである。

さらに、一部報道によれば、当時の副校長は当該児童の保護者に対して、「お宅のお子さんが、みなとみらいなどに土地勘があり、娯楽施設などに率先して連れ出していたのではないか」との発言を行ったとのことである*16。当該児童らの遊興にあたっては交通費も発生しており、それなりの遠出であるから、その土地に通じた者が積極的な役割を果たす必要があることは確かであろう。そして、これは公表されている情報からは知る由もないことであるが、当該児童が本当にみなとみらいなどに土地勘があるのならば、自分から同級生らを誘ったのではないかと考えることにも一定の理由はあるものと言えそうだ。

以上のとおり、当該児童の手記は、公表されている情報のみから判断する限り、全面的に信用するにはやや疑問があるものと言わざるを得ない。警察も聞き取り調査を行ったうえでこれを刑事上の事件とは認定できないとしており*17、やはりほとんど情報を有しない部外者であるわれわれが「払わされている」と認定することは難しいだろう。

なお、当該児童による金銭の費消が行われる前月の平成26年4月には、当該児童はプロレスごっこと称して数人から叩かれるという「いじめ」にあっており、当該児童による金銭の費消の要因にはいじめが存在していたと考えられる。このことは、報告書でも認定されているので*18、誤解のなきよう強調しておきたい。

おわりに 

以上のとおり、本件では当該児童が「金銭を費消した」とは言えても、「その金額が150万円であった」とも、「それは払わされたものであった」とも、公表されている情報のみから断定することは困難である。「150万円払わせた」と大騒ぎすることは、同級生らに対する理不尽な糾弾につながりかねない。このような点にこだわりすぎることなく、当該児童等の健やかな成長を助ける方向に議論が進むことを期待したい。 

*1:http://www.city.yokohama.lg.jp/shikai/pdf/siryo/j4-20161212-ky-43.pdf

*2:上記報告書参照。

*3:http://www.asahi.com/articles/ASJCH5GJYJCHULOB02P.html

*4:報告書16頁「関係児童らは、Aがお金を見せ、積極的にお金を皆に配ったと述べている」。 

*5:「学校は、聞き取りを行った金額と持ち出した金額との間の開きが大きいため、警察に相談してからの方がよいと当該児童の保護者に話した」。

*6:報告書15頁、16頁。

*7:報告書15頁。

*8:http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/23/yokohama-school_n_13185118.html

*9:刑法249条参照。

*10:前掲注4参照。

*11:もちろん、仮にこれらの発言がなされていたとしても、発言がなされた状況等からそれが当該児童を畏怖させるに足りる害悪の告知と言えるかどうかをさらに検討する必要があり、直ちに当該児童が恐喝されたものと結論づけることはできない。

*12:http://nichdprotocol.com/guidelinesjapanese.pdf

*13:前掲注3参照。

*14:報告書16頁。

*15:報告書18頁。

*16:http://www.sankei.com/affairs/news/161123/afr1611230023-n1.html

*17:http://www.jiji.com/jc/article?k=2016111800910&g=soc

*18:報告書18頁。