はじめに
一般の方*1が共謀罪についてどのように考えているかをうかがうことのできる記事に接した。id:ukitaxさんの以下の記事である。
共謀罪賛成だけど共謀罪反対デモに参加してみた - 痩せるコーラ
いろいろと誤ったイメージを持たれているようで、やや意地の悪い見方をするならば政府の印象操作が功を奏しているということなのかもしれない。一般の方の目に共謀罪がどのように見えているかを知ることは有益であると思うので、ここに紹介させていただきたい。記事では、「2:そもそも共謀罪って何?」において、
という3つの項目をたてて共謀罪に関する理解が示されているので、これに沿って適宜私のコメントを加えつつ紹介する。
なお、この点は是非とも強調しておきたいのだが、私にukitaxさんを貶める意図はない。記事タイトルからも明らかなようにukitaxさんはデモに参加されており、賛否いずれの立場であれ、自分なりに考え、実際に行動を起こすのは素晴らしいことだ。私自身は一度シンポジウムに出たきりで最後までデモに参加することはなかったので、ukitaxさんに対しては敬意を抱いている。通常たわいない誤り等については黙殺するところ、こうして記事をたてて(私なりに)丁寧に説明するのは、その敬意の表れであると理解していただきたい。
共謀罪って何?
ukitaxさんは、共謀罪について、簡単に言うと「事件の起こす前に逮捕できる法律」だとしたうえで、例えば次のように変わるのだと説明する*2。
現状↓
犯罪者A「あーオタクとかキモいし殺してぇな…」
犯罪者B「コミケに爆弾しかけりゃいいんじゃね!」
犯罪者C「そ れ だ !」
犯罪者A「さっそく爆弾作るべ」
~コミケ当日~
爆弾「ぼっかーん(爆発)」
オタク「ち~ん(死)」
犯罪者達「やったぜ。」
警察「逮捕や!逮捕!」
とこんな風に実際に爆弾を設置しない限り、逮捕できない。
それが共謀罪適用後だとこうなる↓
犯罪者A「あーオタクとかキモいし殺してぇな…」
犯罪者B「コミケに爆弾しかけりゃいいんじゃね!」
犯罪者C「そ れ だ !」
犯罪者A「さっそく爆弾作るべ」
警察「逮捕や!逮捕!」
~コミケ当日~
犯罪者達「ち~ん(逮捕)」
警察「やったぜ。」
オタク「新刊ください!」
オタク「なのは完売!」
と爆弾を設置される前に逮捕できる。
現状では実際に爆弾を設置しない限り逮捕できないが、共謀罪ができれば爆弾を設置される前に逮捕できるというのである。しかし、このような理解は明確に誤っている。爆発物取締罰則1条および同罰則4条を引用する。
第一条 治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスルノ目的ヲ以テ爆発物ヲ使用シタル者及ヒ人ヲシテ之ヲ使用セシメタル者ハ死刑又ハ無期若クハ七年以上ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
第四条 第一条ノ罪ヲ犯サントシテ脅迫教唆煽動ニ止ル者及ヒ共謀ニ止ル者ハ三年以上十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス
同罰則4条に「第一条ノ罪ヲ犯サントシテ……共謀ニ止ル者ハ三年以上十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」とあるとおり、現状でも共謀があれば爆弾の設置を待たずに犯罪は成立する。かかる事例に限らず、テロ対策は既存の法令によって十分可能だというのが共謀罪に反対する多くの者の主張するところであり、国会審議においてもそのことはくり返し指摘された。
共謀罪なんで必要なの?
共謀罪の必要性にかかるukitaxさんの主張は以下のようなものだ。
結論を言うと
「遠まわしに海外から『作ってくれ』って言われたから」
日本は世界の殆どの国が入っている犯罪集団を取り調べる国際条約の「国際組織犯罪防止条約」に入っていない。
理由は共謀罪がないから。
いかなる国(機関)のいかなる発言(行動)をもって「『作ってくれ』って言われた」としているのか定かではないが、「作ってくれと言われたから作る」というのでは、主権国家としてあまりにも情けないように思う。
あるいはその後の文章もふまえて好意的に解釈するならば、ukitaxさんの主張は、「わが国も国際組織犯罪防止条約(以下、「TOC条約」という。)を締結する必要があるところ、共謀罪を創設しないとTOC条約を締結することができない(から共謀罪を創設する必要がある)」といったところだろうか。政府はおおむねそのような説明をしているため、ukitaxさんの主張がかかる趣旨のものであるとするならば、誤りであるとまでは言わない。
しかし周知のとおり、こうした政府の説明に対して、共謀罪に反対する多くの者は、「共謀罪を創設せずともTOC条約を締結することは可能である」と主張している。ここでその主張の詳細にまで立ち入ることはとてもできないが、上記の爆弾設置の例に絡めて簡単にだけ言及しておくと、現行法はテロに対応するための規定をすでに十分備えている。すなわち、予備罪37、準備罪8、共謀罪13、陰謀罪8、計66の罪が設けられており、さらに共謀に基づいて予備行為が行われれば共謀に加わった(予備行為を行っていない)者についても予備罪が成立する、予備罪の共謀共同正犯という考え方が解釈上確立している*3。かかる国内の状況をふまえれば、新たな立法措置をとるまでもなく、TOC条約第5条が要求するところである組織犯罪への未遂以前の段階での対応を可能とする立法の整備はなされており、TOC条約を締結することになんら支障はない、というのがその根拠の一つだ。なおその他の根拠も含めた主張の詳細については、国会審議(会議録)のほか、日弁連の主張*4が充実している。いずれにせよ、こうした反対者の主張に一切目配りをすることなく、政府の説明をそのまま受容するかの如き態度はあまりよろしくないように思う。
どういう場合に適用されるのか?
ukitaxさんの主張は以下のとおり。
結論を言うと
「犯罪組織が犯罪計画をした時」
犯罪組織の定義は以下の通り
多数人の組織(1人じゃダメ)
指揮命令系統や役割分担がある組織(サークルじゃダメ)
今まで何回も犯罪を犯している組織(初犯じゃダメ)
そして犯罪計画の定義は以下の通り
二人以上で計画。
計画しただけでは罪ではない。計画者の誰かが準備行為(武器の購入、場所の下見)をした場合に適用。
脱落している議論についてまで指摘する余裕はないため、ukitaxさんが掲げる「犯罪組織の定義」なるものが正しいかどうかという点についてのみ検討しておく。組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律2条1項および同法6条の2第1項柱書を引用する*5。
(定義)
第二条 この法律において「団体」とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。
2~7 (略)
(テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)
第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。
一 (略)
二 (略)
2 (略)
「多数人の組織(1人じゃダメ)」?
同法6条の2第1項を一見すれば明らかなとおり、テロリズムその他の組織的犯罪集団(ukitaxさんがいうところの「犯罪組織」。以下、「組織的犯罪集団」という。)は、団体である。そして、同法2条1項が 掲げる団体の定義には、多数人の結合的複合体という要素が含まれている。したがって、「多数人の組織(1人じゃダメ)」は正しい。ただし、1人ではダメだが、少なくとも3人以上であれば組織的犯罪集団にあたりうることは指摘しておく。
「指揮命令系統や役割分担がある組織(サークルじゃダメ)」?
上記のとおり組織的犯罪集団とは団体である。そして団体の定義には、指揮命令関係や任務の分担といった要素が含まれている。したがって、「指揮命令系統や役割分担がある組織(サークルじゃダメ)」のうち、「指揮命令系統や役割分担がある組織」という部分は正しい。しかし、「サークルじゃダメ」とする部分は誤りである。
国会審議において政府はくり返し「通常サークルは組織的犯罪集団にあたらない」との趣旨の説明をしているため、誤解されるのもやむを得ないところではあるが、サークルが組織的犯罪集団から除外されるものでないことは条文上明らかである。国会審議も、注意深く見れば、政府はあくまでも「通常」サークルは組織的犯罪集団にあたらないと述べているにすぎないことが分かるはずである。たとえば、平成29年4月21日衆議院法務委員会における林眞琴法務省刑事局長の発言などは、明らかにサークルが組織的犯罪集団にあたりうることを前提としてなされている。
「今まで何回も犯罪を犯している組織(初犯じゃダメ)」?
上記のとおり、団体たる組織的犯罪集団の共同の目的は重大な犯罪の実行である。そして団体の定義に は、目的を実現する行為の全部または一部が組織により反復して行われることがその要素として挙げられているが、これは「今まで何回も犯罪を犯している」ことを要求するものではない。つまり、「今まで何回も犯罪を犯している組織(初犯じゃダメ)」は誤りである。この点については、平成29年3月21日衆議院法務委員会において、民進党の階猛が、金田勝年法相から答弁を引き出しているので引用しておく*6。
○階委員 同じことの繰り返しですけれども、今も通常という言葉もおっしゃいました。通常ではない例外的な場合もあるということですから、確認しますけれども、反復継続性がなくても組織的犯罪集団に当たる場合はあり得るということは間違いないですね。お答えください。
(略)
○金田国務大臣 申し上げれば、団体の意思決定に基づいて、犯罪行為を反復継続するようになるなどの状態にならない限り、組織的犯罪集団に該当すると認められることは想定しがたい。けれども、あり得るかとぎりぎり聞かれた場合に、あり得ないとは言えないと思います。
おわりに
以上、共謀罪に関する一般の方の誤解等について、ukitaxさんの主張を見ながら解説してきた。本記事が誤解を解く一助となれば幸いである。
なお、最後に老婆心ながら申し上げておくと、デモとは示威運動のことであるから、そのような場でなされる主張の詳細についてまで云々しようというのは、率直に言って少々間が抜けている。共謀罪に反対する主張の理論的な面に興味がおありなら、むしろ勉強会やシンポジウム等に参加された方がよいのではないかと思う。