「労働階級向け」の意味

はじめに

以下のまとめとそれに対する反応に接した。

映画評論家町山智浩さん「デイリーメール紙はイギリスの労働階級向けのタブロイド紙」 - Togetter

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私自身ここで賑やかに語られていることについて議論の余地がまるでないというわけでもないとは思うのだが、しかしそれにしても、きちんと分かったうえで述べておられるのか若干不安に感じる反応が多かったので、ここにちょっとした説明のようなものを残しておく。

問題の概要

上記のまとめ等で問題にされているのは、町山智浩の以下のツイートだ。

ポイントは「労働階級向け」。要するに、町山はデイリーメール紙について、移民をテロリスト扱いするような(およそ信頼できない)ものであるとしたうえで、同紙を「労働階級向け」と位置づけている。これは「こういう信頼できないもの、いい加減なものを読むのは労働階級である」という労働階級への蔑視が背景にあるのではないか、というのが、ツイートを批判する者の主張であろう。

ちょっとした説明

しかし、冒頭に「三浦さんが根拠にしている」とあるように、町山のツイートは、他者の言動とまったく無関係に独立したものとしてなされたわけではなく、三浦瑠麗に対する批判としてなされたものである。

そこでツイートからリンクをたどっていくと、町山はどうやら、三浦がスリーパー・セルの存在等を報道したものとしてデイリーメールの記事を挙げたことに対して批判をしているらしいことが分かる。スリーパー・セルとは相手国において長期間一般市民として潜伏している(有事までは「眠っ」ている)工作員のことだ。

三浦の主張の当否については、本記事の論旨から外れるのでふれない。しかし町山のツイートが、外国人の危険性を強調するスリーパー・セルの存在等を報じたものとしてデイリーメールの記事が挙げられたことへの批判であったことは、そこで用いられた「労働階級向け」という語の意図を考えるうえで重要な意味を有する。

先のEU離脱をめぐる英国の国民投票は記憶に新しいところであるが、予想に反して離脱派が勝利した原因の1つは移民への反感だろう。特に英国の労働階級は、「移民に仕事を奪われる」ことを懸念して、移民を制限するべくEU離脱に賛成する者が多かったようだ*1。そして移民の制限を主張する者にとって、外国人は危険である方が都合が良い。否、これはあまりにも穿った見方で、外国人に対する不安の結果として移民の制限を主張するようになるのかもしれないが、いずれにせよ、移民の制限を主張する者の少なからぬ部分が、その理由として治安の悪化・安全度の低下を挙げることは事実である。先に行われたトランプの一般教書演説でも、新しい(厳格な)移民制度の必要性を訴える文脈において、トランプが職の奪い合いと並んで強調したのは、麻薬やギャング、テロリストの流入であった*2

ここまで述べれば、町山のツイートにおける「労働階級向け」という語の意図も見えてきたのではないだろうか。一般に英国の労働階級は移民の制限を主張する傾向にある。そして移民の制限を主張する者の少なからぬ部分はその理由として移民(外国人)の増加による治安の悪化・安全度の低下(これはつまり外国人は危険だ、ということである)を挙げる。そうすると移民の制限を主張する傾向にある英国の労働階級を主な読者とするデイリーメールとしては、読者に迎合して、安易に外国人の危険性を吹聴するおそれがある。したがって、外国人の危険性を強調するスリーパー・セルについて報じたデイリーメールの記事は(特に)信憑性に乏しい。おそらくこれが、町山の言わんとしたことだろう。このように解することによって、「移民をテロリスト扱いしてEU離脱を煽っていた」という部分と「労働階級向け」という部分とに連関が生じ、ツイートが1つの文章として自然なものにもなる。ここにおいて「労働階級向け」であることは、党派性を有するという意味において、信憑性を疑わせる根拠として機能している。これは労働階級がバカだなどということではなく、単純に利害の問題である。

おわりに

以上、町山のツイートにあらわれた「労働階級向け」という語の意味について簡単に説明を加えた。何かの参考になれば幸いである。