「日本人差別」だけは許さない?

もちろんそんなことはないと思うが。

本日公開された、はてなによる差別的表現を含むブログへの対処にかかる一事例を興味深く読んだ。

差別的表現を含むブログに対する通報 - はてな情報削除・発信者情報開示関連事例 - 機能変更、お知らせなど

日本人男性に対する憎悪表現に終始していたブログ2件を公開停止にしたというものであるが、そこで大要以下のようなことが述べられていた*1

これまで、ブログやブックマークコメントなどでは、具体的な差別行動を呼びかけたり、差別を目的として情報収集を行うようなものを除いては、規約上禁止される差別的表現行為にあたらないと判断することが多かった。

しかし近年の社会情勢にかんがみ、社会通念上、明確かつ強固な意図に基づくと認められる差別的表現行為については削除相当との判断基準を採ることとする。

この判断基準は、はてなのサービス全域に適用する。

新基準適用の第一号が「日本人差別」なのだとすれば、正直なところ、なんだかなあという気持ちもないわけではないが*2、差別解消に向けた取組みとしては一歩前進というべきであり、支持したい。ところで、はてなの差別への対応方針については、個人的に少し思い出があるので、ここに記しておきたい。

私は2015年ごろ、ある件*3はてなに問い合わせを行ったことがあるのだが、その際、はてなサポート窓口から、問い合わせへの回答中で、差別的表現への対応方針について、大要以下のように述べられた*4

利用規約での禁止事項は、はてなのサービス全域において適用されており、サービスの性質によっては、法規制より広範に規制を行う場合があるため、広めに定めている。

例えば、人力検索はてなのようなユーザー間のコミュニケーションを主とするサービスにおいては、差別語の使用は削除・利用停止の対象となる。

一方、ブックマークコメントやブログ等、投稿者が自身の表現を行う場においては、差別語に類する表現について、公的な機関から削除要請があった場合には対応を行うが、三者からの通報では原則として対応をしていない。

「(ブックマークコメントやブログ等においては)差別的表現について、第三者からの通報では原則対応しない」というはてなの力強いお言葉にはずいぶん驚かされたものだが、 当時はまだいわゆるヘイトスピーチ解消法*5も成立しておらず、仕方のないことであったのかもしれない。

翻って、今回示された新基準である。新基準では、明確かつ強固な意図に基づく差別的表現行為は「削除相当」であると明言し、この基準がはてなの「サービス全域に適用される」としているのだから、素直に考えるならば、「第三者からの通報では原則対応しない」という従前の方針を改めたものであろうとは思う。しかしながら、新基準の文言だけを字面どおりに読むならば、通報段階については一切言及されていないというのも、また事実である。

法律用語に「当事者適格」というものがある。「当事者適格」とは、訴訟物たる特定の権利または法律関係について、当事者として訴訟を追行し、本案判決を求めることのできる資格のことだ。本記事は法的な解説を目的とするものではないのできわめて大雑把な説明をするが、訴訟において権利があるかないかを判断する本案判決を求めることができるのは、「当事者適格」その他の訴訟要件を具備した者だけである。これを具備しない者は、権利の有無について判断するまでもなく、訴えが不適法であるとして却下される。言ってみれば、実体的な判断に入る前の段階で、門前払いを食らわすというイメージだ。

これをふまえて新基準に目を向けると、そこで述べられているのはあくまでも「差別的表現にあたるか否か」をどのように判断するか、という実体的な部分にかかることでしかない。こうした判断をするようはてなに求めることができるのは誰か、という形式的な部分については何も述べられていないのだ。その結果、どのようなことが起こりうるだろうか。

ある者が、はてなに対して明らかな差別的表現を通報したとする。ところが、その者は、当該表現が差別的表現にあたるか否かの判断をはてなに求める資格を有する者ではなかった、すなわち先に紹介した私の問い合わせへの回答中ではてなサポート窓口が述べたところの「第三者」であった。そのため、はてなは当該表現について、判断を行うまでもないとしてなんらの対応もとらない……非常に穿った見方をするならば、このような運用を想定することも不可能ではない。

そして、差別における「第三者」(ないし「当事者」)としてはてながいかなる者を想定しているのかは不明だが、たとえば「日本人差別」であれば非日本人が「第三者」で日本人が「当事者」だと考えているのだとすれば、かかる運用がもたらす帰結は次のようなものだ*6。すなわち、日本社会において圧倒的マジョリティである日本人への差別についてはきわめて多数の「当事者」が存在し、はてなに対して容易に判断が求められ、これを解消することができる。一方、マイノリティへの差別*7は、その数が少なければ少ないほど、はてなに判断を求めることのできる「当事者」も少なくなり、差別が温存されやすくなる……。

……。

いや、これはもちろん私の穿ちすぎであろう。すでに述べたとおり、今回の新基準は、「第三者からの通報では原則対応しない」という従前の方針をはてなが賢明にも改めたというだけのことに違いない*8。近時は、通報によってヘイト動画を削除したり*9まとめサイトへの広告出稿を取りやめさせたり*10といった動きが盛んである。私も差別的表現を見かけたらできるだけ積極的に通報していきたい。本記事は、そう、「はてなは過去、ブログ・ブックマークコメント上で行われた差別的表現が第三者から通報されても対応しなかった。しかし、今般ついにそれが改められた」という前向きな記事なのだ。

*1:当方による要約。正確な文言はリンク先にて確認されたい。

*2:差別に対する理解が十分でない方に限ってこの語をふりまわしている印象があるので。

*3:その件自体は差別と関係するものではない。

*4:当方による要約。一部太字強調を施した。

*5:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律。

*6:実際には、はてなが当時想定していたのは特定個人に差別的表現が投げつけられた場合の当該個人が「当事者」、それ以外が「第三者」というあたりではないかという気がする。ただし、そうだとすればそれはほとんど名誉毀損や侮辱等でカバーできる範囲であり、少なくともブログやブックマークコメント等において、はてなは差別的表現に対応するつもりがほぼなかったということであるが。

*7:本来その非対称性ゆえに最も深刻な被害が生じやすく、したがって対応の必要性も高い。

*8:含みのある書き方をしたが、はてな情報削除ガイドラインを確認しても申立人についての記述はなかった(なんらの限定もなかった)ので、十中八九そのような解釈でよいとは思う。

*9:https://hbol.jp/167028

*10:http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1806/13/news150.html