不同意性交の基礎知識

以下の記事に接しました。

「同意ない性交は犯罪」法改正求め、4万5千人署名提出:朝日新聞デジタル

強制性交罪等における「暴行・脅迫」要件等を撤廃し、不同意性交を犯罪とする法改正を求める約4万5875人分の署名が法務省に提出されたことを報じるものです。

この記事をうけて、例によってよく知りもしない人たちが大騒ぎしているので、うんざりしますが簡単に問題の所在を説明しておこうと思います。

現行法上、強制性交等罪の成立には「暴行又は脅迫」、準強制性交等罪の成立には「心神喪失若しくは抗拒不能」が求められています。

(強制性交等)

第百七十七条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔くう性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

(準強制わいせつ及び準強制性交等)

第百七十八条 (略)

2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

そして、これらの要件はかなり厳しい。ここにいう「暴行・脅迫」は相手方の反抗を著しく困難にする程度のものであることを要求されますし*1、「心神喪失」は性的行為につき判断力を持たない状態、「抗拒不能」はそれ(心神喪失)以外で抵抗が著しく困難な状態をいうもので*2、やはりハードルとしてはかなり高いものです。 

法改正を求める人びとは、こうした高いハードルが課せられる結果として、本来罰せられるべき行為が罰せられていないケースがあると考えているのだと思います。19歳の娘と性交して準強制性交等罪に問われた父親について、娘の同意は存在しなかったとしながらも、抗拒不能だったとは言えないとして無罪を言い渡した先日の名古屋地裁岡崎支部の判決なども、その一例かもしれません。

19歳の娘に対する父親の性行為はなぜ無罪放免になったのか。判決文から見える刑法・性犯罪規定の問題(伊藤和子) - 個人 - Yahoo!ニュース

さて、ここで重要なのは、「暴行・脅迫」要件等を撤廃し、不同意性交を犯罪とすることで、どのような変化が生じるのか、ということです。先に結論を言ってしまうと、特に変化は生じません。……というと大げさで、実務的にそれなりの変化が生じるだろうとは思うのですが、少なくとも法律をご存じないみなさんが想像するような大変化はまったく生じません。

これは、「疑わしきは被告人の利益に」の原則、いわゆる利益原則と関係しています。利益原則の適用を受ける結果、犯罪事実について存否が不明である場合、その犯罪事実はいわば無いものと扱われ、被告人には無罪が言い渡されます。これが「検察官が犯罪事実について挙証責任を負う」ということです。

ここまで説明すればもうお分かりでしょう。たとえば「同意なく性交等をした者は、○年以上の有期懲役に処する。」というような条文が定められた場合、この「同意なく」というのも当然犯罪事実の一部をなすものですから、これについて検察官が合理的疑いを容れない程度に立証しない限り、被告人は無罪となるのです。

そして、この「同意なく」を立証するためには、「暴行・脅迫」要件等ほど明確なものではないにせよ(現行法は、こうした要件によって被害者の不同意を判断している側面があるのです)、なにかしらの徴憑は間違いなく必要になります。ですから、「暴行・脅迫」要件等の撤廃、不同意性交の犯罪化というのは結局のところ、良くも悪くも、要件の緩和という話でしかないのです。

はてなブックマークでは、性交の原則禁止だの、同意の証明を求められるだのと想像力のたくましい人たちが色々な心配をしているようですが、当然ながらそのようなことにはなりませんので、安心(?)してください。 

*1:最判昭和24年5月10日(刑集3巻6号711頁)。

*2:中森喜彦『刑法各論』(有斐閣、第2版、1996年)67頁。