「辻元さんって在日朝鮮人なんですか?」

引き続き選挙に関連して。

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特に思い入れのある人物でもないのだが、公示の前日に、辻元と山本一郎との対談記事を読んで驚いたことを思い出したので記しておく。

 

対談の内容自体に見るべきものはなかったが、最初の質問がすごい。

山本:「みんなが聞きたいんじゃないか」と思うことから質問させてもらってよろしいでしょうか。

辻元:どうぞ。

山本:辻元さんって在日朝鮮人なんですか?

辻元:違いますよ。

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対談の冒頭に、 「みんなが聞きたい」であろうこととして、なされた質問がこれである。比喩ではなく、「へえっ?」と声が出そうになった。

「在日朝鮮人」とは、つまり朝鮮人である。朝鮮人は日本の国会議員にはなれない。ならば、国会議員であった辻元が在日朝鮮人の訳がないではないか。

こんな当然のことを、なぜ「みんな」は「聞きたい」のだろうか。朝鮮人が日本人であると騙って、それが露見しないとでも思っているのだろうか。我が国の戸籍制度はそこまで信頼されていないのか……。

などと考えているうちに、 山本が言いたいのは、「辻元さんは帰化によって日本国籍を取得したのではないか」ということではないかと思い当たった。もちろん、帰化して日本国籍を取得したならば日本人なのだから、「在日朝鮮人」という表現は誤りということになろうが、このように解すれば冒頭のような質問が出てくるのも理解できないわけではない。

ともあれ、文字どおり「在日朝鮮人なのか」という趣旨であれ、「帰化によって日本国籍を取得したのか」という趣旨であれ、くだらない質問であることは確かだ。個人の言動に問題があるのならば、言動自体を批判すればよい。殊更に出自という自らの意思で変えようのないものと結びつけて論ずる必要性はまったくないし、そのようなやり方は端的に言って下品である。

「権利が欲しいなら帰化すればよい」という意見がある。私は、このような意見に一定程度同意する。例えば、上記のとおり日本の国会議員になれるのは日本人のみであるが、それは国民主権の原理に照らして当然のことであると思う。しかし、だからこそ、帰化した者を対等な日本人として扱おうとしない態度には情けない思いがする。

辻元でさえこうなのだから、帰化を表明した者の言動は、間違いなく辻元以上にその出自と結びつけて語られるのだろう。「普通の」日本人ならば気にもされないような発言で痛くもない腹を探られ、行動の逐一が陰謀論めいた「祖国」との関連という文脈で語られる。それは差別以外の何物でもない。