「共謀罪」との呼称は誤りか

はじめに

いわゆる共謀罪について、政府は「テロ等準備罪」との呼称を用いて盛んにテロ対策の側面を強調している。

呼称など些末と言えば些末な問題ではある。

ただ、安倍晋三内閣総理大臣は、同罪について「共謀罪」と呼ぶことを「全くの誤り」であるとまで断じる一方、自らは「オリンピックを三年後に控え、テロ対策は喫緊の課題」などと突如オリンピックまで持ち出して同罪が専らテロ対策を目的とするかのような印象づけに傾注している*1

このように、内閣総理大臣によって、特定の呼称を用いることへの強い批判と同罪の性質についての印象づけが行われている以上、同罪の内実を検討し、かかる批判や印象づけの当否を考えることにも一定の意義はあろう。本記事では、まず「共謀罪」との呼称が誤りかどうかを検討する。

共謀罪」は誤りか

政府の主張

政府が「共謀罪」との呼称を誤りだとする根拠は単純だ。今回は準備行為があってはじめて処罰することとしているので、共謀のみによって処罰することとしていた従前の共謀罪とはまったく異なるものだというのである*2。このような政府の主張は妥当だろうか。

「準備行為」の性質

準備行為自体は「悪いこと」とは言いがたい

先日の記事ですでに説明したとおり、共謀罪の最大の懸念は、わが国における刑法の基本原則が「悪いことを行ったから罰する」から「悪いことをたくらんだから罰する」へと変更されるのではないかという点にある。政府の主張は、こうした懸念をふまえて処罰のために共謀のみならず準備行為を要求したことによって、今回の法案が「たくらみ」を処罰するものではない、すなわち「悪いことを行ったから罰する」との基本原則を揺るがすものでないことは明確になった、との趣旨を述べているものと理解できる。

しかし、今回要求されている「準備行為」なるものは、ATMから資金を引き下ろす、関係場所の下見を行う等の、それ自体としてはなんの危険もなく「悪いこと」とは言いがたい行為であって、その実質においてむしろ「たくらみ」に着目していることは明らかだ。277もの多数の犯罪について、かかる準備行為が誰か一人によって行われれば計画に加わった者全員を一網打尽にできるとすることは、やはりわが国における刑法の基本原則を「悪いことを行ったから罰する」から「悪いことをたくらんだから罰する」へと変更するものと評せざるを得ないだろう*3。一般的にも、「処罰のために準備行為を要求している」などと説明されても、その準備行為自体は「悪いこと」でないというのでは、共謀のみで処罰されるのとさして変わらないと感じるのではないだろうか。

準備行為は処罰条件?

さらに今回の法案*4では、組織犯罪集団の活動として一定の犯罪を二人以上で計画した者が、計画した者のいずれかによって「準備行為が行われたとき」、刑に処されるとの規定になっている。準備行為が構成要件ではなく処罰条件として位置づけられているのであれば、問題である。

ここで、平成18年4月25日衆議院法務委員会における大林宏法務省刑事局長の発言を引用する。当時の国会でも共謀罪についての議論が行われており、与党修正案は処罰条件として「その共謀に係る犯罪の実行に資する行為」を求める内容であった。引用の発言は、共謀の嫌疑さえあれば犯罪の実行に資する行為の有無にかかわらず捜査は可能か、という柴山昌彦からの質問に答えたものである。

共謀が行われたという嫌疑があるのであれば、犯罪が行われた嫌疑があるということになりますので捜査を行うことは可能です

一読して明らかなとおり、ここでは共謀の時点ですでに犯罪が成立し、捜査が可能であるとの見解が示されている。発言はその後、共謀段階で逮捕等を行えばその後「犯罪の実行に資する行為」が行われることはないのだから、現実問題としてそうした捜査が行われることはないと考えられる、と続くのだが、通信傍受等、本人に了知されない形での捜査というものは十分考えうるし、金田勝年法相も将来的にいわゆる共謀罪を通信傍受の対象犯罪とする可能性を否定していない*5。ともあれ、準備行為を単なる処罰条件と位置づけているのであれば、ここでもやはりその実質において、準備行為よりもむしろ「たくらみ」が着目されているものと言える。処罰は準備行為があってからだが犯罪は共謀の時点で成立しているというのであれば、それを「共謀罪」と呼ぶのは自然な感覚であろう。

従前の共謀罪との連続性

従前の共謀罪が共謀のみで処罰するものであって今回の法案とはまったく異なるとする点も、その実態に照らして疑問がある。

共謀罪については、これまでに3度審議が行われ、3度とも廃案となったことはよく知られている。ここで、3度目の審議において、与党側から提出され、平成18年6月16日衆議院法務委員会会議録にも掲載された修正案を引用する*6

第三 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規則等に関する法律の一部改正についての修正

一 (略)

二 組織的な犯罪の共謀の罪の成立要件の限定等(第六条の二関係)

1 (略)

2 組織的な犯罪の共謀をした者は、その共謀をした者のいずれかによりその共謀に係る犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた場合に限り、処罰されるものとすること。

3~5 (略)

三 (略)

一読して明らかであって説明の必要もないと思うが、従前の共謀罪審議においても、処罰の条件として共謀に加えて準備行為を要求することは検討されていたのである。従前の共謀罪が共謀のみで処罰することを所与の前提としていたかのような説明は誤解を招くものであるとの批判を免れない。今回の法案は、金田勝年法相の言うように「過去御審議をした際とは全く発想を変え」*7たものなどと評することはまったくできず、従来の共謀罪審議の延長線上、というよりはほとんど一歩も進んでいない地点に位置するものにすぎない。

おわりに

以上検討してきたとおり、今回の法案で新設される罪は、処罰のために必要とされる準備行為の(それ自体は「悪いこと」とは言いがたいという)性質等に照らしても、また過去の共謀罪との連続性が保たれているという点に照らしても、「共謀罪」と呼んでなんら差し支えのないものであると考える。むしろ今回の法案で新設される罪を「共謀罪」と呼ぶことに対し、「全くの誤り」であるなどと非難する態度こそが、悪質な印象操作であると言わざるを得ない。

*1:平成29年1月23日衆議院本会議における発言などを参照。

*2:平成29年1月26日衆議院予算委員会における金田勝年法相の発言などを参照。

*3:なお、以上については先日の記事を参照されたい。

*4:組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案(第193回国会閣法第64号)。

*5:平成29年2月2日衆議院予算委員会における発言。

*6:太字強調は引用者による。

*7:平成29年1月30日参議院予算委員会における発言。