知識の足りない人が他人に「知識が足りない」と嘯くネット社会

ちょっとした地獄のような

きっとアルファなブックマーカーになるためには、日々生起するさまざまな出来事にいちいちコメントをつけ、観客に少しでも多く「この人は物事をよく知っている」と思ってもらわなければならないのでしょう。そのご苦労が大変なものであることは容易に想像できますし、感心するところがないわけでもありません。

しかし、さまざまな出来事のすべてに関して専門的な知識を身につけることなどおよそ無理な相談です。そして、そうであるにもかかわらず「よく知っている」と思ってもらえるようなコメントをするためには、どうしても知ったかぶりをすることになってしまうのでしょう。知ったかぶりはアルファの宿命であり仕方ないものかもしれませんが、せめて「知識が足りない」などと他者への攻撃性を発揮するのは慎んでもらいたいものです。

この人だけではないけれど

急にこんな話をするのは、以下の記事へのあるコメントがたまたま目にとまったからです。

性犯罪だからと言って90日近くの拘留が正当化できるわけではないと思う。 - 誰かの妄想・はてなブログ版

記事は、性犯罪の被疑者に対して逮捕がくり返され身体拘束が長期にわたっている事案について、日産のゴーン氏に対する身体拘束の場合とは異なりなんら問題視する声が上がらないことを指摘するもの。これに対して、tha_sun_also_rises(以下「再昇日」といいます)・the_sun_also_rises_sub*1が以下のようなコメントを付けていました。

性犯罪だからと言って90日近くの拘留が正当化できるわけではないと思う。 - 誰かの妄想・はてなブログ版

池谷伸也の容疑は数人の幼児へのレイプを含む25人超の幼児に対する強制性交・児童ポルノ法違反容疑。全て別件で1つの犯罪で90日の拘留なわけではない。刑法21条で未決拘留は刑期に算入できるので当件は問題ないよ。

2018/12/03 12:47

b.hatena.ne.jp

性犯罪だからと言って90日近くの拘留が正当化できるわけではないと思う。 - 誰かの妄想・はてなブログ版

↓30件以上の余罪を僅か30日で取り調べして立件することができるはずないだろ。今回は軽微な罪で逮捕し拘留期限を延長しているのではない。別の重犯罪の逮捕が5回行われた。それを同じものと捉えるのは知識が足りない

2018/12/03 13:25

b.hatena.ne.jp

「知識が足りない」などと説教をたれている再昇日氏ですが、過去記事*2でも指摘したように彼自身法律用語の理解が不正確であり、十分な法的知識があるようにはまったく思えません。今回のこの2コメントにも気になるところがあるので、簡単にだけ指摘しておきます。

「拘留」 

まず気になったのは「拘留」ですね。再昇日氏は短いコメントの中で3度もこの語を用いていますが、「拘留」は刑法16条に規定された刑罰の一種であり、本件のような場合に用いるのは誤りです。

(拘留)

第十六条 拘留は、一日以上三十日未満とし、刑事施設に拘置する。

逮捕に引き続いて行われる被疑者の身柄拘束について述べたいのならば「勾留」とするべきですし、もう少し広く身柄を押さえられること一般をいいたいのだとしても「身体拘束」などとするべきです。 

「30件以上の余罪を僅か30日で取り調べして立件することができるはずない」

これも気になりましたね。

まず「30日」という部分。文脈からして身体拘束の時間制限をいうものだと思うのですが、この点周知のとおり、逮捕の時間制限は最長で72時間*3、被疑者勾留の時間制限は原則10日、やむを得ない事由がある場合に限りさらに最長10日延長できるということになっており*4、起訴前の身体拘束について刑事訴訟法上「30日」などという時間制限を見出すことはできません。いったいこの数字はどこから出てきたのでしょうか……。

また、身体拘束中でなければ取調べを行い得ないかのような書きぶりも気になるところです。たとえば刑事訴訟法207条1項によって被疑者勾留の場合にも準用される同法60条1項をご覧ください。

第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。

一 被告人が定まつた住居を有しないとき。

二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。 

○2 (略)

○3 (略)

一見すれば明らかなとおり、勾留は罪証隠滅や逃亡の防止を目的とするものであって、取調べの手段として行うものではありません。取調べは在宅の被疑者に出頭を求めるという形でも行うことができますし、実際にそのような形で取調べが行われるのはごく普通のことです。というよりも、身体拘束による心理的圧迫で供述が歪められるおそれを考えるならば、むしろ取調べは可能な限り身体を拘束せずに行うのが望ましいというべきでしょう。再昇日氏の書きぶりは、そうしたことをまるで理解していないように見えます。 

「刑法21条で未決拘留は刑期に算入できるので当件は問題ない」

「未決拘留」が「未決勾留」なのはすでに指摘したとおり。というか、実際に刑法21条をひけばちゃんと「未決勾留」と書いてあるはずなのになあ……。

それはそれとして、「刑期に算入できるので問題ない」というのもすごい言い草ですね。無罪だったら算入のしようがないわけですが、無罪推定どこいった、との思いを禁じ得ません。もとより私はここで話題にされている事件の詳細について知りませんし、結果として未決勾留日数が刑期に算入されるということにあるいはなるのかもしれませんが、それは結果オーライという以上の意味を持ち得ませんし、そもそも仮に刑期に算入されるということになったとしても、判決を経ずに刑罰を先取りするような状態が長期にわたって継続することがオーライ=問題ないかどうかという点にはきわめて疑義があると、私などは思ってしまいます。

なにかの参考になれば

だいたいこんなところです。

なんだか書いているうちにまともにとりあうべきものでもない気がしてきたのですが、せっかく書いたので一応公開しておきます。なにかの参考になれば幸いです。

*1:再昇日氏のサブアカウントだと思われます。

*2:なお、この過去記事は「デマ・誤情報」カテゴリに分類しています。私ははてなユーザーへの言及時には原則としてidコールを行いますが、「デマ・誤情報」カテゴリの記事で言及した人物に関しては、対話をするつもりがないためidコールを行いません。

*3:刑事訴訟法205条2項。

*4:刑事訴訟法208条1項、同条2項。なお本件とは関係ありませんが、内乱罪等特定の犯罪については刑事訴訟法208条の2に特別の規定があります。