取調べの録音・録画
この2件が同日に報じられるのは、なかなか皮肉がきいていますね。
前者は、一定の事件について取調べの全過程を録音・録画することが義務づけられたことを報じるもの。後者は、警察官数人がかりで押さえつけて取調べを行っていたところ容体が急変し意識不明となっていた器物損壊の被疑者が死亡したことを報じるものです。
録音・録画義務化の根拠規定は、刑事訴訟法301条の2第4項です。この程度の規定であっても、たしかに前進ではあると思います。でもねえ……。
後者の取調べは5月中、すなわち前者で報じられている義務化の前に行われたもののようです。しかし、仮にこれが義務化後に行われていたとしても、警察には録音・録画の義務はありませんでした。
大雑把にいうと、刑事訴訟法301条の2第4項が司法警察職員に原則として録音・録画するよう義務づけているのは、以下の2つの場合です。
そして、後者の事件の被疑事実は器物損壊です。器物損壊等については、刑法261条が以下のように規定しています 。
(器物損壊等)
第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
ご覧のとおり、器物損壊等の法定刑は3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料であり、死刑または無期の懲役もしくは禁錮にあたる罪にかかる事件にはあたりません。また当然ながら、故意の犯罪行為によって被害者を死亡させるような事件にもあたりません。
したがって、たとえ義務化後であったとしても、警察には後者の事件の取調べを録音・録画する義務は生じないのです*1。なんというか、取調べの録音・録画に対する取り組みが不十分であることをこの上ないタイミングで裏づけた、2件のニュースであるなあと思った次第です。
*1:なお、義務なき場合でも必要に応じ取調べの録音・録画をすることは妨げられませんので、実際に行われた後者の取調べについて録音・録画が残っている可能性はあります。