積極・消極の区別

先日、積極・消極の区別みたいなことが話題になっていました。

私のはてなブックマークの相互お気に入りの中にも、この区別について戸惑っていたりもっと知りたいと思っていたりする方が何人かおられるようだったので、「憲法上の権利と積極・消極の区別」くらいのテーマで簡単にお話ししたいと思います。

 

さて、ご存じのとおり、憲法上の権利、いわゆる基本的人権日本国憲法の第3章に規定されていますが、これらの権利も、積極的権利や消極的権利(だけではないですが)に分類することができます。3つ例を挙げてみましょう。どれが積極的権利でどれが消極的権利か分かりますか。

  1. 表現の自由(21条)
  2. 職業選択の自由(22条1項)
  3. 生存権(25条)

簡単すぎるでしょうか。正解は、3が積極的権利、1,2が消極的権利です。

消極的権利とは、国家による介入を排除して個人の意思決定や活動を保障する権利です。表現の自由であれば、国家によって自分のしたい表現を禁止されたり、あるいはしたくない表現を強制されたりしない権利(後者を消極的表現の自由といいます)。職業選択の自由であれば、自分の従事する職業の選択等について、国家によって禁止されたり強制されたりしない権利という具合です。これらは、国家からの干渉を排除するものであることから、「国家からの自由」とも呼ばれます。

これに対して積極的権利とは、個人が人間らしい生活を営めるよう国家に対して積極的な配慮を求める権利です。生存権であれば、これを具体化した生活保護法に基づき、国家に対して保護を求める権利という具合です。これは、国家による措置を求めるものであることから、「国家による自由」とも呼ばれます。

想像がつくと思いますが、これらの権利のうち、最初に認められたのは消極的権利の方でした。国家による不当な介入を排除しさえすれば、自律した個人による自由競争のうちに社会は発展し、社会全体の福祉も増進すると考えられていたためです。

しかし産業革命の進展する19世紀の社会において、自由競争は極端な貧富の差をもたらし、貧しい人にとって自由とは飢える自由でしかなくなっていきます。これは例えば、低賃金での重労働を、労働者は契約自由の建前上拒めることになっているけれど、それは蓄えのない彼にとって餓死を意味する、というようなイメージです。そこで、こうした状況を克服し、貧しい人も本当の意味で自由に生きていけるようにするために、積極的権利が認められるようになったのです。

 

こうした権利の性質の違いから、一般的には、 積極的権利に関しては、国家に広い裁量が認められやすくなっています。国家の側が積極的に給付を行うという場面であり、どうしても政治的判断が必要になってくるからです。

一方で消極的権利に関しては、国家に求められているのは積極的な給付などではなく単なる不干渉であること等から、一般的には、その裁量はいくらか狭くなります。また一口に消極的権利と言っても、表現の自由のようないわゆる精神的自由権と、職業選択の自由のようないわゆる経済的自由権とがありますが、傾向としては、前者の権利に対する制約の方が、後者に比べて正当化されにくくなっています。後者の権利については経済政策上の観点からの制約がなされる場合もあり、そうしたときにはその政治的判断をある程度尊重する必要があるためです。

もっとも、こうした区別はあくまでも図式的なものであり、いちおうの目安にすぎません。たとえば生存権であっても、ひとたび立法がなされて一定の制度が整備されたのならば、そこには消極的権利に近い性格が付与され、その制度を後退させたり廃止したりする場合には、ある程度慎重に正当性が検討されることになるでしょう。また、先ほど表現の自由に対する制約は正当化されにくい傾向にあると述べましたが、一口に制約と言ってもその態様はさまざまです。たとえば表現する時間や場所に対する制約であれば、表現内容自体に着目して制約を加える場合に比して正当化されやすいということになるでしょう。さらに言えば、そもそも権利をこのように完全にカテゴリカルに振り分けることなどできません。権利というものは、多くの場合複合的な性格を有しているからです。そうしたことに思いを致さず、「この権利は○○だからこう、その権利は××だからこう」などと機械的に処理してしまうことのないよう、注意してください。

 

以上、積極・消極の区別について簡単に説明してみました。なお、実は今日お話ししたことの3分の2程度は、「わたリベ」カテゴリーの記事ですでに述べています。

わたリベ カテゴリーの記事一覧 - U.G.R.R.

このカテゴリーの記事は、人気がないのですが、これくらいは共有しておいてほしいと思う基礎的知識についてまとめたものなので、読んでいただけるとうれしいです。

 

参考文献

芦部信喜高橋和之補訂)『憲法』(岩波書店、第6版、2015年)