川崎市新条例と罰則のない禁止規定について

川崎市で、ヘイトスピーチ等への対策を定めた条例が成立しました。

差別根絶条例が成立 全国初、ヘイトスピーチに刑事罰 | 政治行政 | カナロコ by 神奈川新聞

本条例が注目を集めているのは、なんと言っても日本で初めてヘイトスピーチへの刑事罰を規定したという点でしょう。その点についてはおって考察するとして、まずは「罰則はないけれど禁止」を定めた部分について簡単にコメントしておきたいと思います。具体的に言うと、本条例5条についてです。

(不当な差別的取扱いの禁止)
第5条 何人も、人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。

同条では、「何人も、……不当な差別的取扱いをしてはならない」と規定されています。
これはそれなりに意味のある点だと私は思っていて、たとえば本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(いわゆるヘイトスピーチ解消法)3条と比較すると分かりやすいかもしれません。

(基本理念)
第3条 国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない。

違いが分かるでしょうか。
簡単に言えば、「してはならない」と「努めなければならない」の違いです。
ヘイトスピーチ解消法においても、(罰則は設けないにせよ、)「不当な差別的言動をしてはならない」ことをきちんと言明するべきではないかとの指摘はかなり強くなされたのですが、結局は与党側の主張が押し通され、「努めなければならない」とする現在の同法3条の形になったという経緯がありました*1
今回はこの点について、「不当な差別的取扱いをしてはならない」とはっきり言明する、禁止規定の形がとられたのです。

もっとも、本条例5条の違反に対する罰則は設けられていないので、同条が規定する「不当な差別的取扱い」をしても罰せられることはありません。それではどのような点に影響が生じうるのかというと、ヘイト集会等のための公の施設の利用拒否などがその主なものではないかと思います。

刑罰の対象となり得る本条例12条に規定された行為がなされる危険性が高い場合、もちろん公の施設の利用は拒否されることになるでしょう。しかしそのような限られた場合にとどまらず、たとえ罰則はないとしても、本条例5条が明確に「不当な差別的取扱いをしてはならない」と宣言した以上、こうした「してはならない」行為のために公の施設を利用すること自体が目的外利用であるという余地も生じるはずです。また、施設の管理条例等で申請拒否事由として定められていることの多い「公の秩序をみだすおそれ」などがあるともいいやすくなるでしょう。

たとえば本条例の制定された川崎市に関して言うと、すでに公の施設の利用許可についてのガイドライン*2が策定されています。

ガイドラインでは、公の施設の利用を不許可とできるのは、「当該施設利用において、不当な差別的言動の行われるおそれが客観的な事実に照らして具体的に認められる場合(言動要件)」であり、かつ「その者等に施設を利用させると他の利用者に著しく迷惑を及ぼす危険のあることが客観的な事実に照らして明白な場合(迷惑要件)」に限られるとされています。

しかし今般、本条例は「不当な差別的取扱いをしてはならない」ということを明言したわけです。そうすると、不当な差別的言動の行われるおそれが具体的に認められるにもかかわらず施設利用を許可するということは、自らが管理する施設を自らがしてはならないと宣言している(=禁止している)行為のために提供するということにもなりかねないところです。そのような態度は、二律背反的なものとして混乱を招くのではないか。他の利用者に迷惑を及ぼすか否かにかかわらず、不当な差別的言動がなされるおそれが具体的に認められるのであれば、施設利用を不許可とするべきなのではないか。つまり、不許可の要件から「迷惑要件」を削除し、「言動要件」のみとするべきではないか。こういったことが問題となり得るように思われます。

川崎市より後に策定されたガイドラインの中には、たとえば京都府の「京都府公の施設等におけるヘイトスピーチ防止のための使用手続に関するガイドライン」のように、「迷惑要件」に該当する要件を設けていないものもあります。そのような事実をふまえたとき、本条例の成立を受けて、川崎市ガイドラインが今後どのように運用されるのかということは、それが改訂されるのか維持されるのかといった点も含めて、注意深く見守る必要があるでしょう。

以上、今般成立した川崎市の条例に寄せて、まずはある種周辺的な部分についてのコメントでした。

*1:たとえば、平成28年4月26日参議院法務委員会における議論などを参照してください。

*2:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律に基づく「公の施設」利用許可に関するガイドライン