藤井聡太は強いというより凄い

藤井聡太が成し遂げたこと

藤井聡太七段の快進撃がすごいですね。

藤井七段 王位戦でも挑戦者に 棋聖戦に続きタイトル挑戦へ | NHKニュース

将棋の藤井聡太七段 「棋聖戦」連勝で最年少タイトルに王手 | NHKニュース

すごく話題になっているので、思い立って藤井聡太がこの3年ほどの間に成し遂げたことをまとめてみました。

前人未到の29連勝

まずは言うまでもなく、プロ入り早々に成し遂げた29連勝*1。無論、1年目ということもありレートの低い対戦相手が多かったという部分はありますが、仮に9割勝てる相手ばかりだったとしても29回続けて勝つのはきわめて難しいことです(確率的には5%にもみたないでしょう)。まして、連勝を続けていけば対戦相手も当然手ごわくなります。そうした中で、30年ぶりの大記録を達成したのはほとんど信じがたいことのように思えます。

朝日杯連覇

また、藤井聡太は全棋士参加棋戦である朝日杯も連覇しています*2。これも、当然ながらすごいことです。特に1度目の優勝の際は一次予選からの参加ですから、負けたら終わりのトーナメント戦で10連勝を達成する必要があります。そのような厳しい条件下で、佐藤天彦名人(当時)や羽生善治竜王(当時)といったタイトルホルダーをなぎ倒して堂々の優勝を果たしたのは、圧巻の一言です。

新人王戦優勝

新人王戦優勝の最後のチャンスを逃さなかったのも格好いいですね*3。新人王戦には「26歳以下」かつ「六段以下」という条件があるため、スピード昇段を果たした藤井聡太が参加できるのは第49期新人王戦が最後だったのですが、その最後の戦いで藤井聡太はきっちり優勝し、最年少優勝の記録を塗り替えて新人王戦を「卒業」します。やることがいちいちドラマチックです。

順位戦竜王戦での活躍

順位戦竜王戦での着実な昇級も見逃せません。名人位と竜王位はタイトルの中でも特に序列が高く*4、これらのタイトル獲得につながる順位戦竜王戦も大変重要視されているようです。このことは、たとえばNHK杯などでの棋士紹介が、「竜王戦は○組、順位戦は×級です」というような形で行われることからも分かると思います。これらの重要棋戦において、藤井聡太の取りこぼしはきわめて少ないのです。

まず順位戦では、藤井聡太はC級2組を10戦全勝で一期抜け。C級1組では9勝1敗で頭ハネを食らうも、翌期には10戦全勝で昇級を果たしています*5。C級などというと下位の棋士が在籍するところで抜けるのは容易というイメージになりがちですが、どうやらそうではないようです。C級2組は約50人中3人、C級1組は約35人中2人のみが昇級できるという熾烈な争いであり(当時)、過去にはタイトルホルダーがC級2組に在籍していたこともあったといいます。決して楽な戦いではないはずなのですが、そこをスムーズにクリアしていくのはさすがです。

竜王戦での活躍にもすさまじいものがあります。竜王戦ではまず1組から6組に分けてランキング戦(トーナメント戦)を行い、各組の成績優秀者が本戦に進出する(なお、上位の組の成績優秀者ほど本戦で有利な位置につけることができます)という仕組みになっているのですが、そのランキング戦において、藤井聡太は、6組、5組、4組、3組の4組連続優勝を果たしています。ランキング戦負けなしの20連勝です*6。本戦の方で勝ち進めていないためあまり注目されていませんが、この4組連続優勝も史上初らしく、すばらしい記録だと思います。

藤井聡太は強いというより凄い 

今回私は、調べれば調べるほど、藤井聡太がわずか3年ほどの間にこれほどのことを成し遂げたのが信じられないような気持ちになりました。

藤井聡太は強いのだから、華々しい活躍をするのは当然ではないか」

そう思う人は多いかもしれません。私自身も当初はそう思っていました。しかしどうやらそうでもなさそうなのです。

このことを説明するために、「shogidata.info」というウェブサイト*7を紹介させてください。このサイトでは、プロ棋士の強さをイロレーティングという指標で表しています。この指標では、平均的なプロ棋士のレーティングは1500とされ、レーティング差が100あると上位者の勝率は約64%となるそうです。

このサイトによれば*8、2020年7月1日時点における藤井聡太のレーティングは1976で1位。さすがの数値ではありますが、2位の豊島将之とのレート差は33にすぎず、そこまで圧倒的というわけでもありません*9。それに、そもそも彼のレーティングがここまで高くなったのは2020年になってからであって、上記のさまざまな偉業を成し遂げた時の彼は、少なくとも棋力的にはトップ層に次ぐ上位棋士の1人という程度でしかなかったように思われます。たとえば対戦相手のレーティング別に藤井聡太の勝敗を年ごとでまとめてみると、以下の表のようになります。

  2017 2018 2019 2020
1300~   6-0    1-0    2-0    0-0 
1400~  16-1    8-0    6-0    3-0 
1500~  16-1   15-2   12-0    9-1 
1600~   9-2   10-1   10-1    2-0 
1700~   6-4    8-3   13-7    5-1 
1800~   0-2    3-2    4-2    6-1 
1900~   0-0    0-0    1-2    4-0 

この表を見ればわかるように、プロ入り1年目である2017年の段階では、藤井聡太はレーティング1600台以下の相手には大きく勝ち越しているものの、レーティング1700台の相手との対戦成績は比較的拮抗しており、レーティング1800台の相手には勝てていません。上位者との対戦数が多くないため断言しにくい部分はありますが、こうしたことからすれば、プロ入り1年目の藤井聡太のレーティングは1700台半ばくらいだったのではないかと思われます。もちろんこれは高い数値ではありますが、しかし(ここに多少の上積みがあったとしてさえ)上記のような数々の偉業を達成するのに十分なほど高いとは決して言えないでしょう。

たとえば、藤井聡太が達成した29連勝の対戦相手には、レーティング1700台の棋士が5人も含まれていました。これら同格の棋士相手に5連勝するというだけでもハードルが高いことは、説明の必要すらないと思います。また、レーティングが1700台であるとすれば、同格あるいは格上の棋士がおそらく20から30人くらいは存在することになりそうですが、そんな中で全棋士参加棋戦において一次予選から勝ち上がって優勝を果たし、さらには連覇までしてしまうというのも、彼の棋力から通常想定されるラインをはるかに超えるようなアチーブメントであると言ってよいでしょう。

このように見てみるとき、私は藤井聡太に強さよりもむしろ凄さを感じずにはいられません。彼は明らかに自分の実力以上の大きな成果をあげている(ように見える)。それは、記録のかかった対局や重要な棋戦で実力を十分(あるいは十分以上)に発揮してしっかり勝ちきっているということです。そして、そんな風にここぞという場面で輝ける(自分の最高のパフォーマンスを発揮できる)のはスターにとってとても大事なことだと、私は思っています。めぐってきたチャンスを逃さず、しっかりとものにする。そのようにして得た地位や名声が、その者の実力をそれらに見合うところにまで引き上げる……スターの歩む道とは、往々にしてそういうものです。そんなスターの歩む道のど真ん中を、 藤井聡太は進んでいるように見える。その点に、私は彼の凄さを感じるのです。

今回のダブルタイトル挑戦でも、藤井聡太はめぐってきたチャンスを逃さず栄冠を勝ち取るのでしょうか。注目したいと思います。

*1:https://www.shogi.or.jp/match_news/2017/06/29.html

*2:https://www.asahi.com/articles/ASM2J513WM2JUCVL009.html

*3:https://www.asahi.com/articles/ASLBD75YDLBDPTFC00R.html

*4:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190611-00129656/

*5:https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20200303-00165937/

*6:https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202006200000970.html

*7:https://shogidata.info/

*8:以下、データはいずれもこのサイトのものを利用しています。

*9:この程度のレート差ならば、上位者の期待勝率はせいぜい55%程度でしょう。