わいせつ教員を教壇に戻さない話

以下のニュースに接しました。

「わいせつ教員を教壇に戻さない方向で法改正を」文部科学相 | 教育 | NHKニュース

多分きちんと調べればなかなか興味深い問題なのですが、残念ながら今はちょっと調べていられません。ただ、上記ニュースへの反応*1を見ているとどうもよく分かっていない人が多そうなので、これがどういう話なのかについてだけ簡単に説明しておきます。

上記ニュースでは、児童や生徒へのわいせつ行為で懲戒処分を受けて教員免許を失効した教員について、処分から3年が経過すれば教員免許を再取得できる仕組みを見直す動きが報じられています。ここで言われている「処分から3年が経過すれば教員免許を再取得できる仕組み」とは教育職員免許法*25条1項4号および5号のことです*3

(授与)

第五条 普通免許状は、別表第一、別表第二若しくは別表第二の二に定める基礎資格を有し、かつ、大学若しくは文部科学大臣の指定する養護教諭養成機関において別表第一、別表第二若しくは別表第二の二に定める単位を修得した者又はその免許状を授与するため行う教育職員検定に合格した者に授与する。ただし、次の各号のいずれかに該当する者には、授与しない。

一、二 (略)

三 禁錮以上の刑に処せられた者

四 第十条第一項第二号又は第三号に該当することにより免許状がその効力を失い、当該失効の日から三年を経過しない者

五 第十一条第一項から第三項までの規定により免許状取上げの処分を受け、当該処分の日から三年を経過しない者

六 (略)

2~7 (略)

ちなみに、法5条1項4号で言及されている法10条が免許状の失効、法5条1項5号で言及されている法11条が免許状の取上げについて定めた条文です。すべて紹介しているとダラダラと長くなってしまうので、法10条だけ引用しておきます。

(失効)

第十条 免許状を有する者が、次の各号のいずれかに該当する場合には、その免許状はその効力を失う。

一 (略)

二 公立学校の教員であつて懲戒免職の処分を受けたとき。

三 公立学校の教員(地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十九条の二第一項各号に掲げる者に該当する者を除く。)であつて同法第二十八条第一項第一号又は第三号に該当するとして分限免職の処分を受けたとき。 

2 (略)

これらの条文をふまえて、教員免許再取得の仕組みについて改めて確認してみましょう。以下では、話を分かりやすくするためにわいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた公立学校教員の例を用いて考えることにします。

わいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた公立学校教員は、法10条1項2号によって、教員の免許状の効力を失います。この者がなおも教員として働きたいと考える場合、教員は法が定める相当の免許状を有する者でなければなりませんから*4、教員免許の再取得を目指すことになります。

ところで、法5条は教員免許の授与について規定した条文ですが、同条1項柱書ただし書きは「次の各号のいずれかに該当する者には(教員免許を)授与しない」*5と定め、続く1号から6号に教員免許の授与を受けることができない者が列挙されています。そして、その4号には「第十条第一項第二号……に該当することにより免許状がその効力を失い、当該失効の日から三年を経過しない者」が挙げられているところ、すでに見たとおり、わいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた公立学校教員は、まさに法10条1項2号によって免許状が効力を失った者です。したがって、わいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた公立学校教員は、免許状の失効の日から3年間は教員免許の授与を受けることができません。

もっとも、これは裏を返せば、わいせつ行為によって懲戒免職処分を受けた公立学校教員であっても、失効から3年を過ぎれば「失効の日から3年を経過しない者」から外れ、教員免許の授与を受けうるということでもあります。上記ニュース中にいう「処分から3年が経過すれば教員免許を再取得できる仕組み」とは、このことを指しているのです。

さて、ここで1つ注意しなければいけないことがあります。教員免許の授与を受けることができない者を列挙した法5条1項各号をもう一度見返してみてください。そうすると、その3号に「禁錮以上の刑に処せられた者」が挙げられていることに気づくと思います。

当然ですが、一口にわいせつ行為と言っても、 その内容は必要以上の身体への接触という程度のものからレイプのようなものまで、さまざまです。そして、シャレにならないような酷いわいせつ行為については、もちろん刑事裁判にかけられ、刑罰が科されます。たとえば、強制性交等の法定刑は5年以上の有期懲役*6。強制わいせつの法定刑は6月以上10年以下の懲役です*7。なお、懲役は基本的に禁錮以上の刑です*8

したがって、シャレにならないわいせつ行為で懲役を食らった公立学校教員は、3年が経過しても教員免許を再取得することはできません。禁錮以上の刑に処せられた者」として法5条1項3号に該当するからです。「処分から3年が経過すれば教員免許を再取得できる」のは、わいせつ行為を行ったものの罰金程度ですんだ、あるいは起訴に至らなかった、といった場合の話なのです。本件について考える際には、まずこのことを念頭においておく必要があるでしょう。

しかし、懲役を食らった公立学校教員も、永久に教員免許を再取得できないというわけではありません。刑法34条の2第1項に次のような規定があるからです。

(刑の消滅)

第三十四条の二 禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。

2 (略)

禁錮以上の刑に処せられても、その執行後罰金以上の刑に処せられることなく10年が経過すれば、刑の言渡しは効力を失います。 ここに「刑の言渡しは、その効力を失う」とは、刑の言渡しに基づく法的効果が将来に向かって消滅するということです*9。したがって、懲役を食らった公立学校教員も、オツトメを終えて10年間おとなしくしていれば、刑の言渡しが効力を失い、法5条1項3号にいう「禁錮以上の刑に処せられた者」にあたらなくなる結果、教員免許の再取得が可能となります。

一定の場合に刑の言渡しの効力を失わしめることは、スティグマの回避という意味で、合理性を有するものと言えます。このような可能性をも否定して、永久に教員免許の再取得を不可能とする制度を構築するなら、それは職業選択の自由を定める憲法22条1項に反して違憲となる可能性がかなり高いと思われます。そこで、こうした違憲の問題に目配りをしつつ、なおもわいせつ教員を教壇に戻さない方策を考えるとすれば、広く裁量の認められる採用段階で「工夫」をするということになるでしょう。下記のニュースで報じられている動きも、そうした方向での「工夫」の一環であると理解できそうです。

教員免許失効情報 検索できる期間 3年から40年に延長へ 文科相 | 教育 | NHKニュース

それでは、このような「工夫」に問題はないのか。どの程度まで「工夫」は許されるのか……といったあたりは、なかなか興味深く、ぜひ調べてみたいのですが、 冒頭述べたとおり残念ながら今はちょっと無理なので、ひとまずここで話を終えます。ここまでのお話が多少でも参考になれば幸いです。 

*1:https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20200929/k10012639511000.html

*2:以下、「法」といいます。

*3:太字強調は引用者による。以下同じ。

*4:法3条1項。

*5:()内は引用者において補足。

*6:刑法177条。

*7:刑法176条。

*8:刑法10条1項、9条参照。

*9:最判昭和29年3月11日(刑集8巻3号270頁)。