「言論弾圧」が販促に使われる時代

千葉麗子のサイン会中止

少し前に、千葉麗子のサイン会が抗議の電話等によって中止になったというニュースがあった。

千葉麗子さんの「くたばれパヨク」サイン会 抗議電話で「開催せず」 有田芳生参院議員「常識的な判断」 千葉さん「言論弾圧だ」(1/3ページ) - 産経ニュース

千葉の『くたばれパヨク』出版を記念して今月12日にサイン会が予定されていたが、抗議の電話やFAXがあったとして中止されたのだという。記事では、「店員さんに恐怖心を与えるような電話が相次いでかかってきたため、書店側が万が一を考慮して中止になりました」などとする千葉のツイートが紹介される一方、抗議電話やFAXの具体的内容として紹介されるのは、「わかってやっているのか?」「ヘイトスピーチにあたる本のサイン会が開催されるのは残念だ」という程度のもののみであった。そのため、「恐怖心」「万が一を考慮」などの仰々しい文言に若干の複雑な思いを抱いたものの、そのときは、私も「そんなことがあったのか」程度の感想で読み流していた。

「NO HATE TV」の主張

ところが今般、伝えられているこうした経緯に異議をとなえる動画が公開された。安田浩一と野間易通の「NO HATE TV」(以下、「同番組」という。)である。

20170112「NO HATE TV 第7回 TOKYO MX『ニュース女子』沖縄報道を徹底検証」安田浩一×野間易通 - YouTube

同番組中、千葉のサイン会中止の件について語られているのは13分53秒あたりから40分53秒あたりまでであるから、詳しくは直接ご覧いただきたいが、その内容を要約すると、おおむね以下のとおりである*1

すなわち、千葉のサイン会はそもそも書店の企画ではなく*2 、書店6階にある貸会議室を利用して開催されるというにすぎなかった。そのため書店としては、千葉側の貸会議室使用申込みを受け付けたというにとどまり、その詳細までは把握していなかった。そのような中、今回サイン会について問い合わせの電話があり確認した結果、書店側においてサイン会が貸会議室の利用規約*3に反するとの結論に至り、使用(許可)を取り消したというのである。

販促としての「言論弾圧

こうした同番組の主張について、『くたばれパヨク』の版元である青林堂は否定しているようだ*4。したがって、本記事においても現段階でその真相が那辺にあるのかを論じるつもりはない。さらなる情報が明らかにされるのをまちたいと思う。しかし、同番組の主張をふまえて今回のニュースを見直したとき、私はある感想を抱かずにいられなかった。本件がそうであるかどうかはともかく、販促として「言論弾圧」をでっち上げることは、倫理観を投げ捨てるのであれば、さほどのリスクはなく効果の高い有効な戦略であるとの感想である。

人の感じ方はある程度人それぞれな部分がある。そのため、「サイン会の開催は残念です」というFAXがきただけで恐怖を感じる店員もいないとは言い切れないし、そのようなFAXがきたことから「万が一を考慮して」サイン会を中止したと強弁しても、これをデマであると断じることは必ずしも容易ではない。また、本件ではその内容の一部が明らかにされたものの、通常苦情電話等の数や内容は社会的に公開を要求されるという性質のものでもなく、関係者のみが把握しうる情報である。したがって、1件だけ、きわめて丁寧な口調でサイン会の開催に対して遺憾の意を伝える電話があったとしても、その数や内容を公表することなく、「苦情があった」ので、「サイン会を中止する」と述べれば、必ずしも虚偽の説明をしないままに実態と異なる印象を与えることも可能だろう。

そして、このようなことは考えたくもないが、苦情電話等の数や内容が通常関係者のみ把握しうる情報である以上、上記のような「誇張」にとどまらず、1件の苦情すらないにもかかわらず版元において苦情をでっち上げてサイン会を中止したとしても、これが明るみにでる可能性は低い。しかも、一般に苦情電話等があったとの報告は、誰からの苦情であるかを明らかにせずに行われる。そのため、そもそも検証が困難であることはもちろんだが、万一でっち上げが明らかになったとしても、個人の権利*5を侵害するものでないため、法的責任を負う可能性も低い。

このように苦情電話等でっち上げのリスクが低い一方で、その販促効果はかなり大きいようである。千葉について見ると*6、「こうした騒ぎで逆に注目度が高まったためか、「くたばれパヨク」は9日、Amazon政治部門で1位となっている」(冒頭で紹介した産経の記事)とのことだ。普通にサイン会を開くよりもはるかに効率的と言えるだろう。

以上のとおり、販促としての「言論弾圧」でっち上げは、倫理観を投げ捨てるのであれば、リスクは低く効果は高い有効な戦略であると言わざるを得ない。今後、販促として「言論弾圧」が捏造され、氾濫する時代がくるのだろうか。あるいはもう、きてしまっているのだろうか。

*1:話の流れを分かりやすくするため、当方において自明と思われる事情を補っている部分がある。安田および野間の正確な発言内容については、直接同番組をご覧いただきたい。

*2:一度企画が持ち込まれはしたが、書店側で断ったとのこと。

*3:http://www.tokyodo-web.co.jp/hall/agreement/

*4:https://twitter.com/seirindo_book/status/819539302635814914

*5:たとえば、脅迫的な苦情電話をかけていないのにかけたとされた者の名誉などが考えられる。

*6:「苦情によるサイン会中止」が売上げに及ぼす影響を見るものであり、今回の件がでっち上げであると断ずるものでないことは上記のとおりである。