法律を勉強してみたい人へ

こんな匿名記事に接しました。

「法律のことを勉強してみたい!」と少しでも思ったあなたへ

「とりあえず憲法民法・刑法から勉強するのがよい」という結論だけは同意できるけれど、全体的になんだかなー、という感じです。特に「細かい条文や判例を覚えることにあまり意味はない」というのは、かなり違和感がある。たしかに断片的・雑学的に条文(や判例)を覚えることにあまり意味はないのだけれど、一方で条文(や判例)を離れた法学などというものもあり得ないので。

  1. 条文を知り
  2. 判例を知り
  3. それらを体系的に位置づける

大雑把にいえばこれが法学であり、リーガルマインドを身につけるとは、「条文や判例を体系的に位置づけられるようになる」ということです。なので、条文や判例を知らずにリーガルマインドを涵養することなどできないと思います。

刑法で「捜査や公判のニュースへの理解が深まる」ってのもどうなんですかね。それ刑事訴訟法で扱う話でしょう。

まあ、いちいち論っているとキリがないので、どのような本を読むべきかということについてだけ簡単にコメントしておきます。

上記匿名記事で決定的に問題だと思うのは、六法や判例集もあわせて買うべきことにふれられていない点。六法はインターネットで条文を検索するということも一応考えられないではないけれど(ただし、民法など条文数の多い科目を勉強するなら絶対に小型のものでよいので買っておくべきだと思います)、判例集は買うしかない。特に学者の基本書では、文中で言及した判例についていちいち丁寧に説明していないことが多いので(予備校本だと重要判例の要旨程度は掲載されている)、判例集がないとそもそも基本書をまともに読むことすらできないと思います。これもやはり条文・判例軽視の姿勢のあらわれなんですかね。とにかく、六法と勉強する科目の判例集は買う必要があります。別にどこのものでもかまいませんが、迷うならポケット六法と判例百選あたりを買っておけば無難でしょう。

基本テキストについては、憲法と刑法は学者の基本書でも予備校本でもどちらでもよいと思います。予備校本もかなりよくできているので。学者の基本書だと、憲法芦部信喜高橋和之補訂)『憲法』(岩波書店、第7版、2019年)が定番ですね。刑法は、総論・各論が一冊にまとまっていることもあり、山口厚*1『刑法』(有斐閣、第3版、2015年)を勧めることが私は多いですが、他にもよい本があるかもしれません。予備校本だと、試験対策講座(シケタイ)やC-Bookあたりですかね。予備校本の難点は、書き物をしたり議論をしたりする際に、出典として示せないところでしょうか(笑)。

一方で民法は、学者の基本書で勉強するべきだと思います。ただ、では何を勧めるかとなるとこれがなかなか難しい。民法は、総則、物権、担保物権、債権総論、債権各論、不法行為(これも債権ですが)、親族・相続といった各分野からなり、しっかり学ぼうとすればそれぞれについて1冊は基本書が必要になります。たとえば、上記匿名記事であげられている佐久間毅の「民法の基礎」シリーズは良い基本書だと思いますが、『民法の基礎1』は総則、『民法の基礎2』は物権についての本であり、他分野についてはさらに別の基本書を買わねばなりません(ちなみに、「民法の基礎」シリーズは今のところこの2冊しか出ていません)。法律書は決してお安くないので、初学者に対して何冊も勧めるというのは、気がひけるんですよね。そういう意味では、潮見佳男『民法(全)』(有斐閣、第2版、2019年)なんかは良いかもしれない。タイトルどおり、1冊で民法の全分野を扱っているので。私自身はこの本を読んでいないので積極的に勧めることはできないのですが、潮見はいちおう名のある学者ですし、彼の『基本講義 債権各論Ⅱ 不法行為法』(新世社、第3版、2017年)などはとても分かりやすかったので、大外れということはないだろうと思います*2

それから、あまりこのことを明言する人はいないのですが、やはり問題集も買っておいた方がよいと思います。知識は問題演習を通じて定着するものです。また、単に基本書の字面を追っているだけでは分からないような問題の所在が、問題を解く中で明確に見えてくるということもあります。最低でも短答式、できれば論述式についても問題演習はしておきたいですね。予備校などがいろいろ出しているので、適当に選べばよいと思います。公務員試験対策のものなどでもよいでしょう。

以上、思いつくままに書き散らしてみましたが、少しでも法律を勉強してみたい人の参考になれば幸いです。 あ、それと、最近読んだ漫画だと、浅見理都『イチケイのカラス』が結構よかったですよ。

*1:平成29年に最高裁判事になった人です。

*2:彼の本の中には、「潮見語」と揶揄されるようなきわめて分かりにくいものがあるのも事実です。ただし、そうした本の殆どはすでに一定以上法を学んでいる者に向けて書かれたものであり、入門者向けの本における潮見の記述には明らかに平易に説明しようとする姿勢が見受けられるので、あまり心配することはないと思います。