おくやみ

久しぶりにはてなにログインしたまさにその日に、こんな情報に接することになるとは思いもしませんでした。

能川元一さんが亡くなったことを、週刊金曜日が報じたそうです。

私がはじめて「はてな的」な話題に言及したのは、Apeman(apesnotmonkeysだったかもしれません)の記事に対する「批判」でした*1

もっとも、私はそのときの彼の記事に対して特別に関心や知識があったというわけではありません。たまたま記事が目につき、その厳しい筆致に何かひと言いってやりたくなったというだけです。

私の言及内容は、要約すれば、「あなたの言っていることは正しい面もあるかもしれないが、そのような言い方では人々に理解されない」というようなことでした。社会問題を自らの問題として引き受けず、無責任な立場から戦略を云々する。まさに現在の私が批判している態度そのものであり、今から振り返ってみれば恥ずかしい限りです*2

そのような批判というのもおこがましい言及に対し、彼は、勿論手厳しく反論し完膚なきまでに私を叩きのめすこともできたでしょう。私の言及は不躾であり、そのような対応をされても当然だったと思います。しかし、彼はそうしなかった。私の幼い言及を黙殺してくれたのです。

当時の私は人格的にも未熟で負けん気ばかりが強かったので、もしこのとき手酷く言い負かされていれば、おそらく反発心が先に立ち、無意識的にその反発心を正当化するための知識ばかりを集め論理を構築するようになっていたのではないかと思います。そうならなかったのは、ひとえに彼の温情ゆえであり、そのことに私は深く感謝しています。

文化の日の夜、はてなの思い出として記しました。

*1:Apeman(apesnotmonkeys)と能川さんは同一人物で、本人が少なくともそれを黙示的に認めるような言動をしていたという記憶のもとに本記事を作成しています。もし私の記憶に誤りがあればご指摘ください。

*2:現在進行形でそのような態度をとっている方には、私がそうした過程を経て現在の立場に至っているということを心に留めておいていただきたいです。無責任な立場から、問題にコミットしている人を眺めたとき、その人が近視眼的であったり短慮であったりするように見えることもあるかもしれません。しかし多くの場合、決してそうではない。そのように見えるのは、自身が問題を自分事として引き受けない甘えた立場をとっているからではないか、と己に問うてみてください。