共謀罪がわが国における刑法の基本原則を覆すということ

はじめに

いわゆる共謀罪については、つねづね議論が多岐にわたっており十分に整理されていないと感じてきた。先般ついに法案が提出されたことでもあるので、共謀罪をめぐる問題の所在について、なるべく分かりやすくまとめていきたい。

さしあたり今回は、共謀罪がわが国における刑法の基本原則を覆すということについて説明する。この点が、共謀罪をめぐる問題の核心であると言ってよかろうと思う。

わが国における刑法の基本原則 

ここでいうわが国における刑法の基本原則とは、簡単に言えば、「悪いことを実際に行ってはじめて処罰される」ということだ。つまり、原則的には、たとえば物を盗んだから窃盗として処罰される*1ということだ。

もちろんこれは、あくまでも原則である。先の例で言えば、物を盗もうとして失敗した場合にも、窃盗未遂として処罰されることはある*2

しかし第一に、未遂が成立するためには、「犯罪の実行に着手」することが必要とされている*3。実行の着手とはどのようなことをいうのかという点については、学説上対立があるが*4、一般的かつ大づかみな理解としては、結果発生の現実的な危険性を有する行為を開始することと捉えておけばよいだろう。窃盗で言えば、物色を開始した時点で、物を盗まれる現実的な危険性が生じているので、実行の着手があるという具合だ。したがって、未遂については、実行の着手それ自体が結果発生の現実的な危険を生ぜしめる「悪いこと」であり、その「悪いこと」を実際に行ったから処罰されるのだ、と言いうる点が留意されなければならない。

そして第二に、刑法は、このような未遂についてさえ、特別の規定がある場合に限って処罰するという謙抑的な姿勢をとっている*5。すでに注において条文を示しているが、窃盗(刑法235条)で言えば、刑法243条が、「第二百三十五条から第二百三十六条まで及び第二百三十八条から第二百四十一条までの罪の未遂は、罰する。*6と規定しているからこそ、未遂が処罰されるのである。したがって、仮に未遂について「悪いことを実際に行ったとは言えない」 と考えるとしても、あくまでもその処罰は、法律に特別の規定がある場合の例外として位置づけられるべきものにすぎない。

以上のとおり、わが国における刑法は、「悪いことを実際に行ってはじめて処罰される」という基本原則を堅持している。この原則から外れる未遂、あるいは予備、陰謀などは、特別の規定がある場合に限って処罰の対象となりうるにすぎないものである。

共謀罪が基本原則に及ぼす影響

さて、そこで今般の共謀罪である。提出された法案*7を見ると、以下のような規定になっている。

テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)

第六条の二 次の各号に掲げる罪に当たる行為で、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団(団体のうち、その結合関係の基礎としての共同の目的が別表第三に掲げる罪を実行することにあるものをいう。次項において同じ。)の団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者は、その計画をした者のいずれかによりその計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為が行われたときは、当該各号に定める刑に処する。ただし、実行に着手する前に自首した者は、その刑を減軽し、又は免除する。

一 別表第四に掲げる罪のうち、死刑又は無期若しくは長期十年を超える懲役若しくは禁錮の刑が定められているもの 五年以下の懲役又は禁錮

二 別表第四に掲げる罪のうち、長期四年以上十年以下の懲役又は禁錮の刑が定められているもの 二年以下の懲役又は禁錮

 詳細な検討は今後折を見て行っていきたいが、本記事との関係で着目するべきは、「準備行為」の内実だ。「資金又は物品の手配、関係場所の下見」との例示からも明らかなとおり、ここで想定される「準備行為」とは、結果発生の現実的危険性すら必要としないものである。ATMから資金を引き下ろす、関係場所の下見を行う等の、それ自体としてはなんの危険もなく「悪いこと」とは言いがたい行為が誰か一人によってなされれば、計画に加わった者全員を一網打尽にできるということだ。

そして、政府は重大犯罪に限られるなどと説明しているものの、かかる共謀罪の対象犯罪は、実に277にも及ぶ。本記事で例として用いてきた窃盗も、法案の別表第四第一号及び別表第三第二号ネに掲げられており、対象犯罪である。これはとうてい「一部」「例外」などとして片づけられる数ではない。

つまり、共謀罪は、わが国における刑法の基本原則を、「悪いことを行ったから罰する」から「悪いことをたくらんだから罰する」へと、変更しようとするものだと評してよかろう。

おわりに

以上のとおり、きわめて広範な犯罪を対象としてなんら現実的な危険が生じ得ない段階での処罰を可能とする共謀罪が、わが国における刑法が堅持してきた「悪いことを実際に行ってはじめて処罰される」という基本原則を覆すものであることは間違いない。「行ったから罰する」から「考えたから罰する」へと基本原則をシフトさせることが妥当なのか、備えるべき事項があるならば(共謀罪のように多数の犯罪を一括りにして対象とするのではなく)個別の法律で対応できないか。こうした点が共謀罪をめぐる問題の核心である。

*1:刑法235条。

*2:刑法243条、235条。

*3:刑法43条。

*4:興味のある方は刑法総論の基本書にあたられたい。

*5:刑法44条。

*6:太字強調は引用者による。

*7:組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案(第193回国会閣法第64号)。