はじめに
以下の記事を読んだ。
【現地ルポ】リベラル層の「空気」に、トランプ支持者は沈黙を強いられる
記事の内容はタイトルに尽きている。リベラルが反対の意見を抑圧しており、トランプ支持者は沈黙を強いられてきたという、選挙後よく見かける筋立てだ。結論が先にあって、それにあう事例を集めたという印象が拭えず、もう少し客観的に見たほうがよいのではないか、という感想だ。
私はアメリカの大統領選を詳しく追っているわけではないが、この機会に少し思うところを述べておきたい。
トランプ支持者は沈黙を強いられているのか
上記の記事に限らず、わが国ではどうも「トランプ支持者は沈黙を強いられていた」というニュアンスの言説が自明のものとして受容されているように見受けられるが、そもそもこの点が私には疑問である。
試みに、トランプとクリントンの支持率の推移を見てみる。
直前の世論調査では…|アメリカ大統領選挙|NHK NEWS WEB*1
トランプが共和党の大統領候補に正式指名されたのは2016年7月19日、クリントンが民主党の大統領候補に正式指名されたのは同月26日であるが、その翌日の27日時点で、クリントンの支持率は44.6パーセント、トランプの支持率は45.7パーセントであった。支持率はほぼ同程度。むしろトランプがやや上回ってさえいたのである。その後はクリントンが終始支持率において優位に立っているが、それでも両者の差が8ポイント以上に開いたことはない。大統領選最終盤には、ワシントンポストとABCテレビが行った世論調査の結果、トランプの支持率が46パーセントとなりクリントンの45パーセントを1ポイント上回ったとさえ報じられた*2。選挙結果が出る前から、大多数のトランプ支持者は態度を明確に表明してきている。素知らぬ顔で「トランプ支持なんてありえないよ」と言いながら実際には密かにトランプに投票していたのだ、と言わんばかりのわが国における一部言説の論調にはおおいに違和感がある。
また、トランプの集会には、常に多数の参加者があり、盛況だという。その熱狂ぶりは、他の候補者の集会と比べても際立っている。参考までに2本の記事を挙げておく。1本目の記事は古いものだが、掲載されている写真が集会の雰囲気をよくあらわしていると思う。
【AFP記者コラム】まるでロックスター、トランプ流選挙集会 写真9枚 国際ニュース:AFPBB News
【米大統領選】トランプ氏「クリントン氏は邪悪だ」「NYTは破綻する」 斜陽の街で舌鋒鋭く(1/2ページ) - 産経ニュース
集会では、人々が何時間も前から会場にかけつけ、行列を作るのだという。公に支持を表明することがはばかられるような人物の集会にこれだけの人が詰めかけ、活況を呈するなどということがあるだろうか。
以上の事実からすれば、「トランプ支持者は沈黙を強いられていた」などとする言説は、実態から少々乖離したものであるように、私には思える。
トランプ勝利の理由
同じように、トランプ勝利の理由を、リベラルによる反対意見の抑圧が引き起こした「ポリコレ疲れ」なるものに求める言説も、疑問である。
まず、上記のとおり、「トランプ支持者は沈黙を強いられていた」などとする言説が実態と乖離したものであると思われる以上、そもそも「リベラルによる反対意見の抑圧」なる前提事実の存在自体が疑わしい。
また、選挙期間中をとおして提示されてきた今回の大統領選の構図も、「ポリコレ疲れ」なるものとはまったく異なっていた。共和党ではトランプ、そして民主党では社会民主主義者を標榜するサンダースと、非主流派とされる者が大健闘しているのが今回の大統領選であり、その背景には権益を独占するエスタブリッシュメントへの根強い不信がある。これが今回の大統領選についての大方の分析であったはずであり、その分析は正しいと私も思う。そうだとすれば、「エスタブリッシュメント(一部の人間)による権益の独占」を是正しようとするこうした流れは、どちらかと言えばむしろ「ポリコレ」なるものに親和的と評するべきもののはずだ。
以上のとおり、そもそも「ポリコレ疲れ」を生むような抑圧があったかどうか自体必ずしもはっきりしておらず、少なくともトランプに勝利をもたらした最大の原因は「ポリコレ疲れ」なるものと直接は関係しない。トランプ勝利の理由を「ポリコレ疲れ」なるものに求める言説は、完全に誤っているとは言わないまでも、やはり本筋を見失っているきらいがあるように思う。
おわりに
大統領選の結果をめぐる言説について、思うところを述べてきた。
当然のことだが、わが国とアメリカは別の国であり、抱えている問題も違う。私には、上記のような言説の論者が、わが国の、あるいは自分自身の問題意識を、安易にアメリカにもあてはめようとしているように見える。実際のところどうなのかは知る由もないが、省みて思い当たるところがあるならば、改めていただければと思う。