もやウィンにも分かる基本的人権の尊重

はじめに

ツイッターで、自由民主党の公式アカウントである「自民党広報」が、いわゆる憲法の三大原則を説明する漫画をアップしているのですが、「基本的人権の尊重」についての説明部分*1が少し気になったので、記事を書いておきます。

この漫画は、もやウィンというキャラクターが憲法について説明していくという流れになっています。漫画の中で、もやウィンは、「基本的人権の尊重」について次のように述べています。

「人間が生まれながらにして持っている、人間らしく生きる権利を永久に保障する」

「例えば、言論の自由だったり、職業選択の自由だったり、」

「つまり、法律にふれたり、人に迷惑かけない限り自由ってことで…」

うーん……という感じ。一度基礎から説明しておいた方がよいかもしれませんね。

基本的人権とは 

そもそも基本的人権は、「宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」とするポツダム宣言10項*2に由来するものです。日本国憲法においては、11条と97条にその文言が出てきます*3

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

 第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

実は、「基本的人権とはなにか」ということについては、ちょっとした争いがあります。憲法に規定されているものはすべて基本的人権なのか、という問題です。

この問題については、もやウィンの言うように「人が生まれながらにして当然に持っている権利」 が基本的人権であるとする考え方が通説です*4。こうした考え方に立つと、たとえ憲法に規定があっても刑事補償請求権(憲法40条)のようなものは基本的人権ではないということになります。もっとも、こうした議論は(一般の方にとっては)些末なことで、もやウィンがいうような表現の自由職業選択の自由基本的人権であることに全く争いはありません。

基本的人権の尊重とは「法律にふれない限り自由ってこと」なのか

さて、ここまではよいとして、問題はその次。基本的人権の尊重とは「法律にふれたり、人に迷惑かけない限り自由ってこと」なのでしょうか。

そのように考えていたと思われるのが、大日本帝国憲法です。たとえば言論(表現)の自由等について規定した大日本帝国憲法29条は以下のようなものでした。

第二十九条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

しかし、このように基本的人権の尊重を、「法律ノ範囲内ニ於テ」、つまり法律にふれない限り自由ということだと解するならば*5、法律を制定しさえすればいくらでも好き勝手に自由を狭められるということにもなりかねません。実際戦前には、治安維持法などの法律によって厳しい思想・言論の統制が行われていたことはよく知られているところです。

こうしたことへの反省から、現行憲法では「法律ノ範囲内ニ於テ」というような法律の留保は極力排されています。たとえば、表現の自由について規定した現行憲法21条は以下のようになっています。先に紹介した大日本帝国憲法29条と比べてみてください。

第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。 

このような現行憲法下において、基本的人権の尊重はむしろ、法律によっても侵すことのできない権利の擁護という側面を強調して理解されるものとなっています。

たとえば、こんにちでも国会はさまざまな法律を制定して市民の権利を制約することができます(憲法41条)。しかし、そこで制約しようとする権利が基本的人権として憲法上の保障を受けるものである場合、制約は原則として許されません*6。「基本的人権は法律によっても侵すことができないもの」という考え方が基本にあるからです。

では、許されないにもかかわらず、無理に法律を制定して違反者を罰しようとした場合にはどうなるでしょうか。その場合、裁判において裁判所が「その法律が憲法に違反していないかどうか」を審査し(憲法81条)、違反しているとなれば、裁判所はその法律を無効(憲法98条1項)なものとして判断を下すことになります。つまり、その法律は無効なのですから、法律に違反しているとして罰せられることはありません。このようにして、基本的人権は法律による侵害から守られることになります。これが、「基本的人権の尊重」の1つの具体的なあらわれです。

以上の説明をふまえれば、基本的人権の尊重とは「法律にふれ……ない限り自由ってこと」というもやウィンの説明が必ずしも正しくないことは分かると思います。 たとえ法律にふれるとしても、その法律が基本的人権を侵害するものであるならばむしろ法律の効力の方を否定し、そのことによって基本的人権を保障する。基本的人権の尊重とはこのようなものなのです。

おわりに

以上、基本的人権の尊重について簡単に説明しました。参考になれば幸いです。

*1:https://twitter.com/jimin_koho/status/1278958536765005825

*2:国立国会図書館のウェブサイトに「憲法条文・重要文書」として掲載されているもの(なお、出典は外務省編『日本外交年表並主要文書』下巻 1966年刊とのこと)を参照しました(https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j06.html)。

*3:太字強調は引用者によります。以下同じ。

*4:たとえば、佐藤功日本国憲法概説(全訂第4版)』(学陽書房、1991年)132頁参照。

*5:ちなみに、これを「法律の留保」といいます。

*6:なお、ここで「原則として」と述べたのは、基本的人権の保障も絶対のものではなく、他の人権との調整を図るなど一定の場合には「公共の福祉」による制約を受けるからです。この点についてはすでに「公共の福祉とリベラル(1)」から「公共の福祉とリベラル(4)」までの記事において説明しているので、そちらを参照してください。さしあたり、(1)へのリンクはこちら