養育費を誤解している可能性(2)

 

前回のまとめ

前回記事では、主に次のようなことを述べました。

  1. 収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」の存在は疑わしくなってきたと感じている
  2. id:tetora2さんは、「養育費とは収入の低い方が高い方に対して要求するもの」という誤解に基づいて上記統計の存在を主張したものであり、その趣旨は「男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低い」というだけのことだったのではないか
  3. そうだとすれば、tetora2さんが根拠としているのは この増田記事および同記事が用いている厚生労働省平成23年度全国母子世帯等調査結果報告*1(あるいは平成28年度に行われた同趣旨の調査)あたりではないか

増田記事の短絡

増田記事は正しい?

さて、上記の増田記事が短絡的なものであることを説明します。

前回も述べたとおり、同記事は「養育費を貰ってる母子家庭19.7%」に対して「養育費を貰ってる父子家庭4.1%」であり女性の方がエグいというのですが、これは平成23年度全国母子世帯等調査結果報告(以下「平成23年度調査」といいます)の表17-(3)-1および表17-(3)-3などを根拠にしています*2

これらの表によると、母子世帯1332世帯のうち、「現在も養育費を受けている」のは263世帯で、19.7%(平成23年)。これに対して父子世帯417世帯のうち、「現在も養育費を受けている」のは17世帯で、4.1%(平成23年)。これだけを見れば、たしかに「女性の方がエグい」ようにも見えます。

しかし、平成23年度調査の別の箇所も見ていけば、そのように単純に「女性の方がエグい」などと言えるものでないことはすぐに分かります。

養育費の取り決め状況

たとえば、養育費の取り決め状況等にかかる表17-(2)-1および表17-(2)-3*3を見てください。

これらの表によると、母子世帯1332世帯のうち、「養育費の取り決めをしている」のは502世帯で、37.7%(平成23年)。これに対して父子世帯417世帯のうち、「養育費の取り決めをしている」のは73世帯で、17.5%(平成23年)。そもそも父子世帯において養育費の取り決めをしている割合は、母子世帯におけるそれの半分にも満たないのです。

平成23年度調査では取り決めをしていない理由等も調査しており、真剣に考察するならばそうしたところまで踏みこむ必要があるでしょう。しかしともあれ、そもそも養育費について取り決めをしていないならば養育費を支払わないのも自然であるのは間違いのないところです。

父母の経済的状況 

また、父母の経済的状況も養育費の支払に大きく影響しそうです。

この点に関して、たとえばひとり親世帯になる前の親の就業状況にかかる表6-1および表6-3*4 によると、母子世帯1648世帯のうち、母子世帯になる前の母が「正規の職員・従業員」であったのは358世帯で、21.7%(平成23年)。これに対して父子世帯561世帯のうち、父子世帯になる前の父が「正規の職員・従業員」であったのは395世帯で、70.4%(平成23年)となっています。父子世帯の父が、母子世帯の母と比べて経済上とても安定した地位を確保していることが分かります。

また、養育費の平均月額にかかる表17-(3)-13*5によれば、母子世帯の養育費平均月額が43482円であるのに対し、父子世帯の養育費平均月額は32238円にとどまっています。きわめて大雑把に言えば、養育費支払義務者の収入が(相対的に)高ければ高いほど養育費の金額も大きくなりますから、母子世帯に養育費を支払う父よりも父子世帯に養育費を支払う母の方が、経済的に厳しい状況下にあるという傾向を、いちおうは見出すことができるでしょう*6

これらの数字から、父子世帯に養育費を支払う母は、母子世帯に養育費を支払う父よりも十分な収入を安定的に確保することの難しい状況にあることがうかがわれます。収入が乏しく自らの生活も苦しければ、養育費の支払を怠りがちになったとしても自然でしょう。

簡単に「女性の方がエグい」とは言えない

以上のとおり、母子世帯よりも父子世帯の方が「現在も養育費を受けている」 割合が小さいとしても、それは(本記事でふれていないものも含め)さまざまな要因によるものと考えられます。一面だけを切り取って安易に女性への非難につなげるかのような上記増田記事は、短絡の謗りを免れないでしょう。

問題コメの危険性

tetora2さんのブックマークコメント(問題コメ)を再掲します。

id:tetora2氏、やはり理解していない様ですが、離婚も双方の合意の基に行われるものです。収入が低ければ養育費を要求する事も出来ます。女親だけを一概に悪と認識しているあなたの見解は男としても理解に苦しむ。 - dogear1988のコメント / はてなブックマーク

<a href="/dogear1988/">id:dogear1988</a> 離婚は双方の合意以外にも裁判所で決定される事もありますね。理解不足はあなたです。ちなみに収入が低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いと統計出てます。無知ですね。

2018/10/28 22:09

b.hatena.ne.jp

ここまで述べてきたことをふまえれば、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」 があるとする問題コメ中の「収入の低い」という部分に私がこだわる理由も理解していただけるのではないかと思います。

そもそも子どもの養育にかかる費用は、父母が分担してまかなうべきものです。したがって養育費請求とは、子どもを引き取った側の親が引き取らなかった側の親に対して、本来であれば分担するべき額の支払を求める、ということにほかなりません。もちろん分担するべき額はそれぞれの収入に応じて、というのが基本にはなりますが、いずれにせよ応分の負担は求められる。収入が低ければ養育費を支払わなくてよいということにはならないのです。

養育費がそのようなものである以上、「収入の高い親が、収入の低い親に対して養育費の支払を請求する」というケースも十分ありえます。特に父子世帯の父から母に対して養育費の請求をする場合には、先に見たとおり父子世帯になる前の父の70.4% が正規の職員・従業員であったことなどからしても、そのようなケースがかなり多いものと思われます。そしてこうしたケースでは、収入に乏しく自身の生活さえ苦しい親が養育費の支払を怠りがちになったとしても自然であることも、すでに述べたとおりです。

ところが、私の予想どおり問題コメの背後に「養育費とは収入の低い方が高い方に対して要求するもの」という誤解があるとすれば、養育費を支払う側の親は自動的に「収入の高い方」に位置づけられてしまいます。そのような構図に回収されれば、養育費を支払う側の窮状に対して想像力を働かせることはかなり難しくなるでしょう。そしてそうした状態で上記増田記事のような主張に接すればどうなるか。「収入が低くて養育費の支払が厳しい(傾向にある)のかもしれない」ということに思いが及ばず、それこそ「女はエグい」などと、不当な女性叩きに走る危険があるのではないでしょうか。

「男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」でなく、「収入の低い男親が女親に養育費を請求した場合、逆と比べて払う確率はかなり低いという統計」とすることは、これが虚偽であった場合、不当な女性叩きを助長しかねない。だからこそ、私は「収入の低い」という部分にこだわるのです。

おわりに

いろいろ述べてきましたが、そもそもの話として、受け手の側において出典を検証することができない形で断定的な事実(今回の場合であれば統計の存在)摘示 を行うのは、きわめて問題のあるやり方です。匿名掲示板などでも「根拠を示さず断定する」というやり口はよく見かけますが、この手の言説は、出典にあたることができないという時点で、内容が真実であるかどうかにかかわらず、デマと大差のないものだと思います。あまり口うるさいことは言いたくないですが、責任ある言論活動を心がけたいものです。

なお、本記事では養育費について必要最低限度でしか言及しませんでした。いずれ稿を改めて説明できればよいな、と思います。

*1:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/

*2:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_18.pdf

*3:前掲注2参照。

*4:https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/boshi-katei/boshi-setai_h23/dl/h23_07.pdf

*5:前掲注2参照。

*6:この点は本来詳細な補足が必要であり、本文の記述のみだと誤解を招くかもしれませんが、そちらに論を進めるとさらにもう1,2記事は書くことになりそうなので、省略させてください。