規制目的の積極・消極

前回記事に引き続いて、積極・消極の区別についてお話ししたいと思います。

今回は、「規制目的にも積極・消極の区別がある」という話です。

 

規制目的における積極・消極の区別は、主として職業選択の自由などのいわゆる経済的自由権に対する規制で問題となります。

積極目的規制とは、社会・経済政策上の見地からなされる規制のことです。たとえば、大型スーパーに対する出店規制のようなものをイメージすると分かりやすいでしょう。自由競争に任せていると、大型スーパーによる焼畑農業的な経済活動によって地域に根づいた中小の業者が打撃を受け、地方経済が荒廃しかねません。そのような事態を防ぎ地方経済の発展を確保するため、大型スーパーに対して一定の出店規制を課す。これが積極目的規制です。

消極目的規制とは、社会に生じうる危険を防止するためになされる規制のことです。たとえば、医師という職業が資格制になっていることを想起してみてください。専門的な技術を持たない人が自由に医療行為を行っていると、誤った診断・治療等によって多くの人の生命や身体に重大な被害が生じかねません。そのような事態を防ぐため、資格を有する者にのみ医師という職業に就くことを認める(=それ以外の者が医師という職業に就くことを規制する)。これが消極目的規制です。

 

さて、それではここで1つ質問しましょう。積極目的規制と消極目的規制、許容されやすい*1のはどちらだと思いますか。

正解は、積極目的規制です。

積極目的規制の方が一応は許容されやすいと考えられている理由は、前回記事を読んでいる方ならばお分かりだと思います。すなわち、この規制が社会・経済政策上の見地からなされるものであるところ、多様な観点をふまえてより適切なものを選ぶという政策的決断を要する場面においては、政治部門の判断を尊重する必要があるからです。

上記の説明でもまだ分かりにくいという方は、少し大ざっぱな理解になってしまいますが、「利害調整」というキーワードを用いて整理してみるとよいかもしれません。社会・経済政策というのは利害調整をくり返して練り上げられるものです。そして利害調整というのはまさに政治部門の職分です。なので、積極目的規制では政治部門の裁量が広い。これに対して、社会に生じうる危険の防止、それこそ人が生きるか死ぬかというようなことについては利害調整の対象とはなりにくい。そうすると、政治部門の職分からはやや離れている面もあるということで、裁量が多少狭くなる、というわけです。

このように、規制を積極目的と消極目的とに分類し、前者は後者に比して許容されやすいとする考え方を、目的二分論といいます。少なくとも一昔前までは、日本の裁判所は目的二分論の立場をとっていると言われていました。興味のある方は、小売市場事件判決*2薬事法距離制限事件判決*3にあたってみてください。

簡単にだけ説明しておくと、前者は、小売市場の開設について設けられた許可規制が憲法22条1項に反するのではないかということなどが争われた事案です。この点について最高裁は、個人の経済活動に対して社会経済全体の調和的発展を図るため(積極目的!)一定の規制を加えることは憲法の予定するところであるとしたうえで、社会経済の分野においてどのような規制措置をとるか等は立法政策の問題として立法府の裁量的判断に委ねるほかなく、ただ立法府がその裁量権を逸脱し、規制が著しく不合理であることが明白な場合に限って違憲になるとの一般論を示しました。そして、上記許可規制は社会経済の調和的発展を企図するという観点からとられた措置、すなわち積極目的規制であるところ、これが著しく不合理であることが明白だとは認められないとして、憲法22条1項違反の主張を退けたのです。

後者については、以下の記事で紹介しています。

わが国における法令違憲判決まとめ - U.G.R.R.

 

もっとも、今回もくり返しておかねばなりませんが、こうした区別はあくまでも図式的なものであり、いちおうの目安にすぎません。

言うまでもなく、規制が積極目的であるか消極目的であるかの判断はそれほど明快にできるものではありません。たとえば公衆浴場の開設許可にかかる距離制限について、昭和30年の最高裁判決*4では「国民保健及び環境衛生」という消極目的からの規制であると読めるような判示をしているのに、平成元年の最高裁判決*5では「積極的、社会経済政策的な規制目的に出た立法」すなわち積極目的規制である旨を明言していたりします。

また、近時の判例*6には、財産権の規制について、それが是認されるかどうかは「規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して判断すべき」としているものなどもあります。こうした潮流に思いを馳せるとき、規制目的だけに着目した単純な二分論ではこぼれ落ちてしまうものがあることは、強く意識せざるを得ないところでしょう。

積極目的規制・消極目的規制という概念はきわめて基礎的で重要なものではありますが、これを絶対視してしまうことのないよう注意してください。

 

参考文献

芦部信喜高橋和之補訂)『憲法』(岩波書店、第6版、2015年)

*1:というのは少々正確性を欠く表現かもしれませんが。

*2:最大判昭和47年11月22日(刑集26巻9号586頁)。

*3:最大判昭和50年4月30日(民集29巻4号572頁)。

*4:最大判昭和30年1月26日(刑集9巻1号89頁)。

*5:最判平成元年1月20日刑集43巻1号1頁)。

*6:最大判平成14年2月13日(民集56巻2号331頁)。